編集部:“その味を知っている人を育てる”という部分ですか?
三國:そうだ。だって、僕たちがお百姓さんに最高の野菜を作ってもらい、最高の肉や旬の魚を取り寄せることができたとしても、食べる人がその“味の力”を知らなかったらどうにもならない。日本にも志の高い生産者がたくさん出てきたし、僕たち料理人たちは凌ぎを削り、“美味しいもの”を作ろうと日夜奮闘している。だけど、お客さんがそれをそれと分かってくれなかったらどうにもならない。
つまりお客さんの舌がしっかり育ってくれないことには、それまでの努力が最後の瞬間に感動となって成立しない。例えば、“美味しい肉”ひとつとっても、僕たち料理人とお客さんとの間ではギャップが生じることもある。自然な飼料を食べ、適度な運動をしただろう、ちょっと歯ごたえのある肉、つまり健康な育ち方をした肉にこそ、僕は独特の旨味があると考えているけれど、食べる側に違う好みがあることも事実だ。つまり脂が乗った、柔らかな肉の方が美味しいと。それなら、まずは僕たちがお客さんに味の仕組みをちゃんと開示していかなければならないと!
編集部:それで、「食育レッスン」がスタートとなったんですね。
三國:ちょっと気が永い話だけれど、今年でオテル・ドゥ・ミクニも25周年を迎え、僕の下で修業をしていった料理人たちがちゃんとビジネスができるようにしておくためにも、フランス料理ファン予備軍を養成しておかないと彼らの未来はないからね。いや、それとは別に、自分が“美味しいものが食べたい”と望めば、それが実現できる時代と場所に生きていながら、その判断ができない状況になっている日本人に僕は心底、危機感を感じている。“食”というシーンをしっかり見直すことが自身の五感を磨く最良の方法であり、人生を豊かに健康に生きるスタイルでもあることに気づいて欲しいんだ。これはもう、僕の使命感といってもいいかもしれない…。
2010年3月17日 オテル・ドゥ・ミクニにてインタビュー