編集部:“極地”と呼ばれる地へ向かうための船「しらせ」ですが、何か特別な造船技術が導入されているのでしょうか?
松本:もちろんです。「しらせ」の特徴をいくつかご説明しましょう。まずはエンジン、船舶には通常ディーゼルエンジンがもっとも多く使われていますが、「しらせ」もディーゼルエンジンを動力として採用しています。ただ、砕氷船である「しらせ」は氷を割るために前進するだけではなく前後進の切替えをスムーズに行う必要もあります。つまり、ゆっくりでも大きな馬力を必要とするなど、通常の船とは違った動きが求められます。そのためディーゼル電気推進システムを設備しています。その他、氷や水の抵抗を軽減するために船型にも工夫がなされています。そして何よりも氷海を円滑に航海するための氷を割りやすくする装備も持っています。今回「しらせ」に新しく備わった散水装置がそれです。氷上に積もった乾いた雪は、船体表面との間で摩擦を生じさせ、「しらせ」の砕氷を妨げます。船首の方に丸い穴が複数開いていて、吸い上げた海水をそこから放水し、氷上の雪を濡らします。こうすることで雪による摩擦抵抗を少なくします。
また、船体と氷の摩擦をなくすためにステンレスクラッド鋼という素材を船体の氷と接触しやすい部分に使っています。砕氷船に使用される耐氷塗料は他の船舶のものと違って塗膜が厚く、氷との接触で剥がれた部分を補修するのも大変ですし、船体表面も年々粗くなっていきます。耐氷塗料の代わりに使用されるこの特殊鋼は腐食しにくく、強靭で、さらに長い間滑らかな船体表面を維持できます。
編集部:船が氷を割るというのは難しい技術なのでしょうか?
松本:少し言い換えますと、効率的に氷を割る船のかたちをデザインすることはどこでもできるものではないと自負しています。船は車などと違って、試作品をわざわざ造ってテストするというわけにはいきません。もちろん模型船を作って、事前に理論計算をした上で水槽を走らせるテストは行いますし、国内では弊社だけが氷海水槽という施設をもっており砕氷船のテストを行うことができます。厚み、形、氷り方、割れた氷の抵抗などシミュレーションを何回も繰り返して、実船における性能を推定しています。そのあたりがやはり特殊な技術分野と言えるのではないでしょうか...。