>>PAGE-3 森は曼荼羅 Q.日本の経済を再生させるなら、森を復活させることだとうかがいました。この点をさらに詳しく教えていただけますか。 森の木には多様性があります。多様性は、イコール可能性です。多様性があるからこそ、今年、ブナの実がならなくても、他の実がなる。天然の森でまったく何も成らないということはないんですね。 いま、日本では農業と林業がべつに考えられているでしょう。それは、間違っています。僕は昔から、いっしょだと言い続けてきたんです。アグロフォレストリーというんですけどね。まず、にんじんや二十日大根を植えると、間引かないとダメでしょう? 森も同じで、木がある程度大きく育ったら間引きながら利用する。間引いたスペースにまた、小さな木が育ってきますからね。森を1年のプロセスで見てはダメです。もっと長いプロセスで見ると、森は本当に楽しい。森に、大木から木の赤ちゃんまで生育することになる。そして、それが経済のためにもなるんです。 例えば、トチの木。これは100年から300年生きます。そして、トチからは毎年一斗缶くらいのハチミツが採れるんですよ。つまり、毎年1万円から1万5000円くらいの収穫が得られるんですよね。でも、その木を伐ったらいくらか調べると、8000円でした。 森林所有者は、目先の8000円のために木を伐ってしまうんです。自分はハチミツが採れないから儲けにならないっていうんですね。ハチミツはクマの好物だから、それも怖いしってね。たしかに、クマが怖いのもわかる。それで僕はクマに食べられないように、足場の高い台をつくってハチミツを採る方法を考え出したんです。これを養蜂業者に貸せばいい。何百年の収入が見込めるんですよ。健康的な森から採れるハチミツの量から換算すれば、何千人もの仕事になるんです。それに、ミツバチが飛ぶようになったら、森がすごく健康的になる。 昔の日本の食卓は、産業国のなかでいちばん健康的な野生味あふれる食卓だった。北九州から北海道まで、シャケが上がっていた川が何百もあってね。岩魚や鮎が上がってた川もあった。淡水漁業もすばらしかったんですよ。それらの川を全部塞いでしまった。電気が必要だっていって、ダムにしてね。でも、電気と自然の両方が必要だというインテリジェンスと勇気を持ち合わせる人がいれば、電気の節約はできるでしょう? 森の多様性はあらゆる可能性に満ちている。多様性のなかでいろんなことが動き始めたら最高だと思う。 Q.ニコルさんはご著書に、「私は日本全体を不思議に満ちた、生きている曼荼羅のような生態系だと思っている」と書いていらっしゃいますね。生態系というのは、一つの概念だと。ヒエラルキーのように一方向のものではなくて、全体がつながりあっている曼荼羅なんですね。 生態系というのは、特定の何かを指すのではなく、一つの概念なんです。生物的な要素と非生物的な要素がなんらかの形で組み合わさっている。相互に結びつき、互いに作用しあっているんです。ケルトに伝わる昔の模様はそれを伝えていました。まさに曼荼羅ですね。森は曼荼羅なんです。 僕は、いまその森を育てているだけじゃなく、細かく調査もしています。調べると曼荼羅であることをさらに実感しますよ。 例えば、われわれは水ナラ、コナラの木を育てています。2歳か3歳まで育てて、森に植える。ところが、その90%は8歳くらいまで育つとネズミにやられてしまう。雪が降ったあとで、ネズミが木の根っこを食べるんです。また、科学的な証拠を得ていないんですが、僕はその根が甘いからだと推察しています。その頃というのは、だんだん水分が幹から根っこに戻る時期なんですね。 水ナラ、コナラを植えた辺りには大木がないから、大木の空洞を利用して巣をつくるフクロウがいない。フクロウはネズミを食べますからね。そこで、われわれはナラの樹木の近くにフクロウの巣箱を作った。猟場と巣箱は近いほうがいいですから。フクロウは2年前からやっとその巣箱に居つくようになって、子供を育て始めた。大体一組のカップルが2羽の子供を産みます。2年続けて研究してるけどね、子供が育つ間に親がネズミを運んでくるんです。巣の中でそれを食べる。子供は消化できないものを吐く。それが、巣箱のなかに残るでしょう? ペレットというんだけど。そのペレットをきれいに洗って調べたら、ネズミをどのくらい食べたかわかる。親2羽がどれくらいと食べたかはわからないけれど、彼らは動いているから、子供が食べる量とそんなに変わらないと思う。子供は何羽食べていたと思いますか? 2羽で150匹のネズミですよ。つまり、フクロウの親子で300匹くらいは取ってるだろうなと思う。 ということは、フクロウが入れば、ナラは守られるんですよね。逆に言えば、フクロウがいないと、森は育たないよってことなんです。 シジュウカラのようなカラ類も、ほとんど古い木の空洞に巣をつくる。われわれの巣箱には番号がつけてあるので、何がどう利用しているかわかる。いいときにはカラ類は、ワンシーズンに2回、子供を育てる。そういう小鳥は小さな虫を食べるんですね。木の皮の間にいる虫です。ちょうど子供が育つときに木から青葉が出るでしょう。そこには毛虫がいる。毛虫は運びやすいし、子供に渡しやすい。だから、カラ類は青葉の時期に毛虫をとってる。樹木はカラ類によって毛虫から守られているわけです。だから、僕はシジュウカラは木の看護婦ですよ、と言ってるんです。 こんなふうに森は曼荼羅のように、つながりあってできあがっているんです。水、土、樹木、あらゆる生命を包み込みながら。 僕は信じているんですよ。いろんな問題はあるけれど、日本人はきっと森の曼荼羅に気づき、美しい日本を再生し、世界のお手本になれるはずだ、と。だから、僕は自分に残された時間を使って、ベストを尽くすつもりです。 ――対談のあと、ニコルさんがご馳走してくださった「佐藤さんのトマト」の甘く、みずみずしかったこと! 私たちは森の恵みで生きている。その思いを強くしました。 END |
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