Elizabeth Kiritani
アメリカ、マサチューセッツ州・ボストン出身。町にその名が冠されるほどの名家の子女として育つ。ホイートン大学卒業。ハーバード大学医学部で心臓、肺の研究を行うと同時に、同付属病院で血液の専門家として働く。1979年来日。現在、NHK総合テレビ英語ニュースのアナウンサー、NHKワールドのナレーターも務める。著書に『消えゆくニッポン』(日本文芸大賞ルポライター賞受賞)、『不便なことは素敵なこと』『日本人も知らなかったニッポン』などがある。夫は画家の桐谷逸夫さん。


その日、桐谷エリザベスさんと待ち合わせたのは、地下鉄「根津」駅からほど近くの喫茶店、ジャニー。なつかしい石油ストーブの上でやかんがシュンシュンと湯気を上げ、お店のそこここに風情ある火鉢が置かれている。ここは、エリザベスさんや近所の方々の”サロン”なのだそうです。17年間、谷中にある大正時代に建てられた長屋で暮らし、今も下町の暮らしをこよなく愛する桐谷さんに、お話を伺います。
★ジャニー/文京区千駄木2-33-2
電話 03-3828-2727


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地域のコミュニケーションはエコロジー

――桐谷さんは17年間長屋で暮らし、そのライフスタイルをご著書にも綴っていらっしゃいます。最近、その長屋をお引っ越しされたそうですね?

ええ、そうなんです。長屋の生活は本当に楽しかったんですが、年を重ねてだんだん辛くなってきました。冷暖房の設備も整っていませんでしたから、コンピュータのキーボードを叩いていて、しもやけになってしまったり。でも、引っ越した先は長屋から歩いて3分のところなんですよ。

――生活は、どんなふうに変わられましたか?

不思議ですね。3分の距離を移動しただけですが生活が少し寂しくなりました。例えば、長屋にはお風呂がありませんでしたから、毎日銭湯に通っていましたが、今度の家にはお風呂がありますから、家ですませられます。でも、銭湯に行かないと、今まで毎日のように会って話していた人たちとのコミュニケーションが薄くなってしまうんです。そこで、私は意識して週に2回は銭湯に行こうと決めたんですよ。

――銭湯には、何時くらいにいらっしゃるんですか?

たいてい4時半くらいに行っています。銭湯は同じくらいの時間に行けば、同じ人に会えるんですが、この時間がいちばんにぎやかなんですよ。おばあさんや近くの小料理屋の女将さんが来て、いろんな話をするんです。この間、私はあるおばあさんから炭を使って洗濯する方法も教えてもらいましたよ。

――どんなふうに洗濯するんですか?

じつは、知り合いから備長炭をたくさんいただいたんですね。それで贅沢にも備長炭で教えていただいた通りに洗濯してみて、びっくりしました。本当に綺麗になるんですよ。10cm四方くらいの備長炭を2つくらい靴下などに入れて、沈まないようにパッキング用のスチロール片などと一緒に水の中に入れます。そこにお酢と塩を少々。それで、洗濯機を回すんです。洗いあがった洗濯物を見て、最初私はちょっと不満でした。洗剤の香りがしなかったから。でも、洗濯物は綺麗になっているし、考えてみれば、香りは化学的なものなんですよね。それで、いまではこの方法を愛用しているんです。初めて試したときは、コインランドリーでやったので周りの人から注目されてしまいました。まるで、コインランドリーで料理をしているみたいだったから(笑)。 
この備長炭は繰り返し、繰り返し使えますから、経済的。市販の洗剤は、包装や中に入っているプラスチックのスプーンがいちいちゴミになりますよね。そう考えたら、炭で洗濯すれば、ゴミも減るわけです。

――おばあさんの知恵ですね。

そうです。銭湯ではいろんな情報交換をしていて、洗濯の仕方を教えていただくのもそうですし、わが家にある桐ダンスや火鉢のいくつかは、こうした情報交換によって要らなくなった方がくださったものです。まさにリサイクルですよね。こうしてお話してみると、下町のコミュニケーションがエコロジーに役立っていることに気づきます。コミュニティの役割って大きいんですよね。
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