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金子成彦
東京大学 大学院工学系研究科(機械工学専攻)教授 工学博士
1954年山口市生まれ。詩人中原中也の生家、井上馨侯の屋敷に程近い湯田温泉の鍛冶屋に生まれる。山口高校理数科1期生。1976年東京大学工学部機械工学科卒業、1981年東京大学大学院博士課程を修了。カナダのマギル大学客員助教授を経験し、2003年より教授。機械工学特に振動、制御をバックグランドにユーザーフレンドリーな小型分散エネルギーシステムの構築を目指す。主な著作に、「事例に学ぶ流体関連振動」、研究論文に、「振動モードの切替えによる斜張橋斜材ケーブルの制振方法に関する研究」(日本機械学会論文賞)、「流体関連振動の体系化」(日本機械学会機械力学計測制御部門パイオニア賞)、「液体で部分的に満たされた中空回転軸系の自励振動に関する研究」(日本機械学会奨励賞)

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■5つの【P】

Q: 先生が書かれた『マイクロガスタービンを題材としたPBL教育活動』を拝読させていただきました。その最後で“関係者は「次世代の若者が担うべき活動は何であるか」をいう視点を持って取り組む姿勢が重要だ”と述べていらしたことに深い感銘を受けました。

金子: このような不透明な時代を切り抜ける指標は“次の世代に何を残していくか、何を残したいか”を真剣に考えることに尽きると思います。それをしっかり考えていれば、あるべき社会の姿はおのずと見えてくるのではないでしょうか。 しかし、現実にはこのことをしっかり考えている人と考えていない人に二分されてしまっているような印象を持っています。

大学教育という場面で学生たちを指導してきましたが、その間大きな変化を経験しました。1990年代初頭、ちょうどバブルが終焉を迎えた時期を境に大学を取り巻く状況が急変したのです。それまで大学にはOBたちが卒業予定者をリクルートしに足繁くやって来ていたのですがそれがぱったり無くなってしまったのです。工学部の学生も自分の将来を自ら動いて模索する時代に突入したのです。それまで学卒者たちは入社後にそれぞれの企業内で気風に沿った社内教育を受ければよかったのですが、90年代以降、企業は即戦力として役立つスキルとポテンシャルを備えている学生を採用するようになったのです。

それまで私自身も、学生たちのマネージメント能力の不足には少々不安を抱いていましたが、これからは“自分をナビゲートできる学生”を育てなければだめだ、と痛感しました。以来、より時代の要求に即した教育プログラムを模索してきましたが、2000年度頃からPBLという教育システムを導入し、テーマとして“マイクロガスタービン”を題材に選びました。それをお読みになったのですね。

Q:2001年4月のターボ機械第29巻に掲載されていた記事だったと記憶しています。PBL教育についてちょっとご説明いただけますか?

金子:PBLは(Project Based Learning)の略語なのですが、実際の製品や企業で実際に発生した問題などを題材とする問題設定および解決型の学習プログラムのことです。

【P】には5つの意味があり、それぞれ【Problem=問題設定】、【Project=計画立案】、【Process=思考】、【People=チームワーク】【Product=問題解決】を指します。ですから実際の問題を題材として、問題を設定する能力と解決する能力を養うと共に、考えるプロセス、チームワーキングを体験させるというプログラムです。新しいものへの挑戦を具体的にシュミレーションさせる学習法で、欧米などでは約30年前から導入されているものです。

Q:本プログラムのテーマにもなったマイクロガスタービン(MGT)は現在小型分散型エネルギーとして注目を集めていますが、本来はどのような場面で使われていたのですか?

金子:主に航空機の中で使われる冷凍機や空調用機器の電源供給システムに使われていました。ですから、航空機には現在も使われています。空港に着陸後、メインエンジンがオフになっても、機内に空調が効いているのはMGTが作動しているおかげです。それを改造・改良してエネルギー・リノベーションの切り札としても利用しようというのが現在の状況です。実は市販されているMGTは国産ではIHIエアロスペース社の製品ひとつだけなんです。

現在は自動車メーカーを中心に研究が進んでいますが、我々の研究室のMGTラボを作るにあたっては、模型用液体燃料ジェットエンジンをベースに出発しました。ただ日本の市場に出回っているマイクロガスタービンは、ほとんどがアメリカやヨーロッパの輸入品で、国内市場ではニーズに合わせた補機を組み合わせて使用しているようです。ですから、小型分散型エネルギーとしてマイクロガスタービンを活用しようという考え方そのものも、日本発のMGTへの発想ではなくアメリカやヨーロッパから出てきたものなんです。

Q:そのマイクロガスタービンが何故東大の研究テーマとして取り上げられることになったのですか?

金子:90年代の中ごろから、社会のニーズにそった研究を奨励する政府の政策が施行され、東大でもさまざまな新しい研究に取り組むようになりました。それまで大学では、研究室ごとに伝統的な研究テーマがあり、それを継承する流れがほとんどでしたが、この時期からそれらに加えて、社会の要請に沿った研究を産業界などとの連携によって推進するようになりました。研究とは、常に時代の価値や要求とは何かについて考えながら、柔軟に対応するものだと私は思っています。

Q:現在進められているマイクロガスタービン研究プロジェクトについてお話しいただけますか?

金子:この研究室のある建物内に【超小型分散エネルギーシステムラボラトリー】が設置されています。このラボでは、ユーザーのニーズに応えられるように、マイクロガスタービンや燃料電池を基幹装置として、多目的、多モードのエネルギーに変換し、ユーザーが利用できるようなシステムの構築を目指して研究しています。また、さらなる小型化、高効率化、システム化の基礎研究も継続しています。第一期目は都市ガスを燃料として運転する際に発生する種々の問題点の洗い出し、およびその対策法の検討と状況監視、制御システムの構築に取り組みました。

Q:現在地球が直面しているエネルギー問題は、一筋縄ではいかないものですし、エネルギーを消費する場面も実に多様化していますから、それらのニーズに応えるシステムを作り上げるのは大変なことですね。
多くの問題が複雑な要因から生じている場合、理論上だけでなく、実際にエンドユーザーが安心して使えるものにまでデザインすることは簡単ではありませんね。


金子:簡単に解決できるものなど何ひとつ無いと思います。ですから社会的な問題が絡んだ技術的問題の解決法を探る時には、理工系の学生にありがちな単純な発想を早く捨て去るようにさせたいと思っています。最近よく目にするプレゼンテーションのメソッドで、物事を絵に描いて、矢印で一定方向に進むように説明するやり方に、私は必ずしも賛成できません。世の中の諸々の事柄はデカルト流の“要素還元論”で済まされるような単純なものではないのです。物事は「行きつ、戻りつ」して解決への道筋を見出すものだと思います。一度進んでも、違うと思ったら戻らなければならないことだってあるのです。理工を志す人は是非とも早い時期に“複眼思考”を習得し、物事と向き合って欲しいと思っています。>>PAGE-2