編集部
竣工までの作業員が延べ約50万人にものぼると言われる東京スカイツリーの作業現場、作業所長以下、5人の副所長がいらっしゃると伺いましたが?
田辺
田渕作業所長以下、私を含め5人の副所長が日々の現場を支えています。鉄骨を組んでいる頃は500名、現在は内装や設備工事も始まりましたので800名近くの専門スタッフが現場作業に従事しています。工事事務所の現場作業には、まず基本的な設計の図面に基づき、実際に施工するために資材や部材を製作するための図面を起こす生産設計作業、次に作業工程表の立案、並びに工程表を実現し品質を満足させるための資材や人員の調達・手配に関する管理、そして現場作業の監督と、詳細かつ多岐にわたる作業があります。これを所長の指揮の下、分担、連携し、現場を廻しています。
編集部
今話題に出た現場での設計作業、"生産設計"についてもう少し詳しく伺えますか?
田辺
どの建造物でも同様ですが、一般的に建築家による意匠デザインが固まると、それが実際に建築可能とするために各部材の強さや大きさを決める構造設計という作業が行われます。さらにその後、建物が本来の機能を果たしてゆく上で必要な照明や電気の配線、空調、排水などの設備設計という作業が加わります。こうして完成した基本となる設計図ですが、そこにはその建物のつくり方には言及されていません。従って建築現場では、実際にそれをどのようにつくるかを作業員全員が共有できる詳細な図面をさらに書き下ろす必要があります。パーツや取り付け器具の正確な形状、その組み立て方などが配慮された生産設計図があって始めて、作業員の技術力やアイデアが生かされる素地が整うのです。東京スカイツリーの場合は、基本となる設計図は数百枚ほどのものですが、こうした資材や部材の生産図が加わると、最終的には数万という膨大な図面となっていきます。
編集部
図面に求められるものは、それぞれの局面と関わる立場によって異なる情報が必要になってゆくという訳ですね。
田辺
こうして書かれた生産設計図に沿って製作された部材が協力会社から連日、現場に到着します。ここにも徹底した段取りが求められます。何しろ現場のスペースは常時、最大限に効率良く管理してゆかなければなりません。限られた荷捌きスペースを時間単位でそれぞれの協力会社に振り分け、緻密にスケジューリングされた設備使用枠内で、機材とスタッフをそれぞれの現場に投入していく、これはまさに、"阿吽の呼吸"あってこそ成立するものです。"工程達成"と言うのは簡単ですが、現場の高い意欲と強い結束がないと実現できるものではありません。毎日の凸凹を埋め合わせ、今日までほぼ計画通りで施工が進んでいる事実は、"世界一のタワーをつくる"現場のモチベーションの高さの"確かな証し"と言えるでしょう。
編集部
日々の凸凹が生じる原因のひとつとして、現場の気象条件も大きく作用するのでしょうね。
田辺
ご想像の通りです。先ほども雷の警戒レベルとして、〈レベル3〉が発令されていましたが、ここでは気象庁が発表する広域の天気予報だけでなく、墨田区押上エリアのピンポイントでの独自の気象観測をしており、安全作業に役立てています。特にこの夏は、雷と熱中症への警戒が最重要課題のひとつです。 なにしろ空調もない炎天下の作業現場では、徹底した労働環境への管理態勢がないと作業員の人命にかかわるような事態も起こりえます。
編集部
安全作業への警戒基準には、どのようなものがあるのでしょうか?
田辺
大きくは、強風、雷、地震、そして夏季には熱中症があります。東京スカイツリーは通常のビルの建築現場とは異なり、躯体がむき出しですし、"世界一の高さ"という人類未踏の領域で起こる不測の事態を常に想定しておかなければなりません。地上と500〜600メートルの上空では、全く違うことが起こっているという現実を、日々肝に銘じて作業をしています。
編集部
過酷な条件下、順調に推移している東京スカイツリーの工事、まさにプロ中のプロが結集している現場なのでしょうね。
田辺
その通りです。超高層で作業をするトビ職人の皆さんはまさに日本のトップレベルの現場を経験されてこられた選りすぐりの方々ですし、現場で鉄骨を微妙な角度で溶接する溶接工も、現場での実技テストをクリアした有資格者の方々です。
今回のタワーの現場は、それぞれの作業のクオリティーを維持するべく、細分化された専門分野のベストの職人さんたちがそれぞれに磨いてこられた"匠の技"で繋いでいます。
編集部
東京スカイツリーの工事を遠くから眺めていると、クレーンが目についた時期が永かったこともあり、機械がまさに機械的につくっているように見えましたが、実際はひとつひとつ人間の手がつくっていたのですね。
田辺
鉄骨を組む人、ボルトをセットし締める人、溶接する人、その分野の最高の職人さんが携わっています。常にその先の作業を見据え、目の前の作業を正確かつ完璧にこなす、まさに日本人だからこそできた作業品質の連携です。
編集部
東京スカイツリーには、日本人が継承してきた"職人の心意気"も脈々と息づいているのですね。
最後に、田辺さんにとって東京スカイツリーはどんな存在ですか?
田辺
この現場に関わった全員の想いだと思いますが、新しい時代を切り拓く建造物の現場を実際に経験出来たことは"人生の宝"になったとしみじみ実感しています。もちろん、このポストを担当することが決まった時は強烈なプレッシャーもありました。が、本社から現場事務所に移り、天に向かって伸びて行く東京スカイツリーを感じながら仕事に邁進できたことはかけがえのない日々でした。安全作業を完遂し、施主様にお引き渡しした後は、このタワーが東京の新たな景観として愛されていくことを末永く見守りたいと思っています。
2011年8月11日・東京スカイツリーにて