編集部
東京スカイツリー®のデザインにあたり、クライアントからはどのような要望があったのか、お聞かせいただけますか?
吉野
まずひとつ目は放送事業者からの条件である「高さ600メートル級のタワー」という高さの指定、もうひとつは「この地に"時空を超えたランドスケープ"を創って欲しい」というメッセージでした。
編集部
"時空を超えたランドスケープ"という文脈は多様な読み解きができますが、何か補足となるようなヒントはあったのでしょうか?
吉野
"時空を超えたランドスケープ"、確かに様々な想像が膨らむイメージです。デザイン初期は100を超える案をつくり、最終的に現在のプラン、足元から頂部に向けて三角から丸へと次第にトランスフォームするデザインに決定しました。
編集部
2006年10月、タワーと周辺の総合開発事業のコンセプトとして「Rising East Project」が公表されますが、これはタワーを中心するまちづくりですね。タワー本体のデザインをするにあたり、タワーと同時に生まれる新たな町との関係性への考慮はあったのでしょうか?
吉野
世界中の都市には独創的なフォルムをもつタワーが数多くあります。多くの人々に愛されてきたこれらのタワーは、タワー本体のフォルムの美しさもさることながら、周辺の風景と調和したタワーのあるランドスケープの魅力も同時に評価されています。パリのエッフェル塔は大通りの都市軸上に位置していますが、トロントのCNタワー、上海のテレビ塔などはいずれも、湖畔や海川沿いの水辺に位置しています。これは水という"余白の空間"を取り込むことで、全体としてのランドスケープに独特のたたずまいや個性を与えているからではないでしょうか。しかもこれらのタワーは、足元から見上げた"近景"とタワーと地平線を共にパノラミックに眺める"遠景"の両方のビューポイントを持っています。
東京スカイツリーの近くにも隅田川という豊かな水の流れがあります。この水辺の風景を取り込み、新たに建設される東京スカイツリータウンのみならず、隅田川と共に周辺の墨田や浅草のフラットな都市空間との調和は当初から考えました。東京の東、イーストサイドのシンボルとなるスカイツリー、そのタワーには伸び伸びとした軽やかさと同時に、ヒューマンなフォルムがふさわしいのではないかと。
編集部
"確かにこのエリアは際立つような高層建築がない分、その高さと重量感を主張するような骨太のタワーが立ってしまうと周辺に威圧感を与えてしまうおそれがありますね。
吉野
形状も面積も制限がある敷地内に世界一高いタワーを建てる訳ですから、自ずと出来る事と出来ないことははっきりしています。その中で最大限の工夫と効率を追究することは、関係者全員の共通認識でした。タワーの足元が三角というフォルムなったのは、立地条件からも必然性のあるデザインで、その三角の平面が展望台に向かって徐々に円へと変容するフォルムになったことで、日本の伝統的な建築手法のひとつ、宝形造の屋根などにも見られる「そり(反り)」と「むくり(起り)」がうまれ、これによって東京スカイツリーは見る場所によって異なる印象を与えることに成功したのです。
また、流動感のある軽やかさを表現したかったので鉄骨をシーム溶接で組み上げ、本体を透かす手法、そして色は日本の伝統色である「藍白」をベースとしたスカイツリーホワイトにしました。わずかに藍を加えることで季節や時間によって変化する空をタワーへより深く映し出します。
編集部
これだけ高い建造物のデザイン作業、その検証作業はどのように進行するのですか?
吉野
まず、鉛筆手書きのデッサンから始まります。人間の手が描いたラインをより正確に表現するためにコンピューターグラフィックの3Dソフトでの形状の検証、そして模型製作等を重ねて、構造設計者や設備設計者との連携作業をおこないながらデザインが絞り込まれます。スカイツリーについては、さまざまなサイズ、製作手法、異なる素材で多くの模型を製作しました。脳外科の医師が使う模型技師の方にもご協力を仰ぎ、アクリル素材の透明感のある模型製作での検証をしました。
編集部
"世界一"を冠するタワーをデザインするにあたっての特別な想いはありましたか?
吉野
"世界一の高さ"という数値のみならず、現在(いま)の日本だからこそできる"世界一"を表現したいという想いは、スカイツリーに関わる全ての人は心密かに抱いていたはずです。ただ、建造物はそこに存在しつづけることで評価が次第に定まってゆくものです。つまり最終的には"時"が決定するものです。
エッフェル塔は百年余りの時間の流れの中で与えられる機能もその評価も変ってゆきました。東京スカイツリーも同じように、時間という厳正な審査を経て、然るべき評価が定まってゆくのだと考えています。ただ、視覚情報としてダイレクトに伝わる印象とその感動は圧倒的だと思います。確かに実感できるクオリティーや機能、そのスピリットをフォルムのデザインという視覚認識に帰着させたいと願ってきました。
編集部
東京スカイツリーをデザインされた建築家として、その魅力を味わうヴューポイントを教えていただけますか?
吉野
まず、タワーの周辺の町を歩くことをお薦めします。近隣の家並みの上や、通りを曲がると突然目の前現れるタワーの姿には、圧倒的なスケール感を感じていただけるはずです。同時にまた、周囲と調和した穏やかな表情を見せるかもしれません。それから三角というフォルムが与える目の錯覚ですが、ある方角から眺めると、タワーが傾いているかのように見える場面に遭遇するかもしれません。展望台から見下ろす景色だけではなく、町と溶け合うことで生まれるスカイツリーのあるランドスケープ、多くの方々に末永く親しんでいただきたいと願っています。
2011年8月12日・日建設計本社にて