私たちは、鉄鋼スラグという材料を使って「海の生態系の機能を活かし再生」することを目指して研究開発を行っています。JFEは、瀬戸内海の沿岸に大きな製鉄所をもっていますので、特に、瀬戸内海の環境を再生することに注目して、既に瀬戸内海で鉄鋼スラグを用いた様々な環境再生の研究を行ってきており、そこから実際の事業への展開へと進んだものもあります。私は、専門が生物学ですので、本来そこに生息していた生物が戻ってくるような生き生きとした海の環境を作り出す技術に関心を持って、研究に取り組んでいます。
鉄鋼製造はご承知のように、原料等のリサイクルが非常に進んだ製造プロセスを実現しています。そうした中で、「海の再生」への新技術の提案として、高炉や転炉で副生される鉄鋼スラグを活用しようという動きが近年具体的に進んでいます。 鉄鋼スラグが「海の再生」に役立つと言っても具体的なイメージがわかないかもしれませんね。でも、実はかなり以前から、良質な鉄鋼スラグの“海の環境を再生するための素材としての可能性”は注目されているのです。 鉄鋼スラグの中でも製鋼スラグは、鉄分や珪素を多く含んでいて、珪藻のような微細藻類からコンブのような大型の海藻まで、「海の植物の成長を助ける可能性がある」と、岩礁性藻場の基盤材や漁礁の材料として、ぽつりぽつりと古くから研究されていました。また、養殖場などの海底では夏場に硫化水素が発生する場合があります。そのような時には石灰を撒く技術があるのですが、鉄鋼スラグの中のカルシウム成分に注目して、鉄鋼スラグの細粒を石灰の換わりに使うような研究もされていました。 ●鉄鋼スラグについての技術コラム→PAGE-5 |
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私たちは、10年ほど前から、これらの古くからの技術と異なった視点で、鉄鋼スラグの「海の環境の修復・再生」機能について様々な研究をしてきました。それは、更に最新の技術を用い科学的にスラグの機能を解析し、活かしていくといったものです。その中で特に海の生態系を育むをキーワードにした成果を以下にご紹介いたします。 一つ目は、高炉水砕スラグという砂状のスラグによるヘドロのたまった海底の覆砂です。高炉水砕スラグは、非晶質という結晶とは異なった状態の物質で、スラグの中のカルシウム成分をゆっくり溶かし出す性質があります。これによって、海底で硫化水素を作る硫酸還元菌という生物の増殖を抑制し、海水の無酸素化を防ぐ効果があります。また、ちょっと荒めの砂という形状で、砂地に住む生物の住処となります。この覆砂材は、すでに10万トン以上使われています。 最近では、生物の住処としての機能に注目して、浅場材やシジミやアサリといった二枚貝の生息場の造成材、さらに後ほど少し触れますがアマモという海の草を生やす基盤材としての研究をおこなっています。これらの研究成果がきちんと認知されることにより、実用化されてゆくと期待しています。瀬戸内海のある漁業組合さんでは、アサリ場の材料として水砕スラグの性能を漁業組合さんが独自に試験されています。いまのところアサリの稚貝がよく着底しているようです。 私たちは高炉水砕スラグのこのような機能に着目し、マリンベースと呼んでいます。 ●マリンベースの詳細はこちらをご覧下さい ←高炉水砕スラグの浅場に生息する生物 (写真上)ローソクえび、(中)マテガイ(下)アサリ |
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二つ目は、マリンブロックという岩礁性の海藻の基盤材料です。岩礁性の海藻としては、海中林を形成するコンブ、カジメやアラメといった大型海藻、ガラモ場と呼ばれる藻場を形成するホンダワラなどが代表的なものです。
マリンブロックは、製鋼スラグに炭酸ガス(CO2)を吹き込んで、スラグ中の酸化カルシウム(CaO)と反応させて炭酸カルシウム(CaCO3)を生成するという方法で作ります。もともと、海藻の成長に良いとされる製鋼スラグが原料で、これを貝殻やサンゴと同じ成分を作って固めたものですから、コンクリートのようにアルカリ性が強くなく、また多孔質体であることから海藻の着生の良い基盤材料になります。マリンブロックの基盤材料としての優れた特性は、全国各地の海で実証試験をして確認されており、海藻だけではなくサンゴの着生も非常に良いことがわかっています。 ●全国マリンブロック実海域実証試験についての ●詳しい情報はこちらをご覧ください(JFEスチール) |
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●全国で実施されているマリンブロック実海域実証試験により生息が確認された生物たち。 左からホンダワラ(秋田県岩館)/リシリコンブ(北海道利尻-夏)/カギケノリ(広島県瀬戸田-2000年5月)/サンゴ(沖縄県阿嘉島) |
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三つ目は、海藻の成長に良いとされている製鋼スラグを、そのまま海の環境の修復材として使う研究です。製鋼スラグは、成分は海藻に良いのですが、細かすぎたりするとアルカリ性が問題になる場合もあります。私たちは、製鋼スラグの粒度をコントロールすることで、浅場造成の潜堤(浅場の沖の先端に砂が流れないように作る堤)材として海藻の成長によい成分をうまく使うことを研究しています。私たちは、この製鋼スラグをマリンストーンと呼んでいます。 |
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これらの技術をあわせて、海の生物の住処となる人工の浅場をマリンベース、マリンストーン、そしてマリンブロックで形成する技術(モデル写真参照)も開発しています。これは、既に広島の因島で、実証試験を終了しており、多くの海藻がマリンブロックやマリンストーンに繁茂し、そこに多くの魚が集まっていることを確認しています。そして、マリンベースには浅場を形成する前にはほとんど見られなくなっていた多くの底生生物が戻ってきて定着しています。また、アマモ場については、広島県の三津口湾で上嶋先生や他の研究者の方と一緒に、実証試験を行っています。ここでは、高炉水砕スラグと浚渫土を混合した基盤の上に、アマモが繁茂し、基盤の中に住む底生生物も増加しています。 ●浅場造成技術の詳細はこちらをご覧ください
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私たちの研究の結果、最近では、海の専門家の間では鉄鋼スラグの【海の再生】への技術は広く認知されてきました。 生物からの目線で、海の再生に取り組む訳ですから、本来の“海の生命力”を回復させることに取り組むのが私たちのスタンスです。つまり、再びさまざまな生物が暮らせる海の環境を取り戻すことを最終目標としています。 “生命が沈黙した海から、生命が賑わう生き生きとした海へ”、これが私たちの研究テーマです。 そして、今回のメインテーマである、瀬戸内海の現状はといえば、埋め立てと防災面から自然護岸が消失して、さらに海砂採取が続けられていた影響で、干潟・浅場が極端に少なくなって、瀬戸内海各地にあったアマモ場も減少しています。アマモは、水深の浅い砂泥地に群落を作り太陽の光を浴びて光合成を行い、酸素を発生し、海の基礎生産力を高めます。この「アマモ場」は、海洋生物たちが生命を再生するための“ゆりかご”によく例えられます。それは、そこが産卵場として、小さな幼魚の隠れ家として海洋生物の生命の循環の場となっているからです。
瀬戸内海には、アマモ場のほかにホンダワラなどの岩礁性藻場も多くありました。岩礁性藻場も、アマモ場と同じように海洋生物たちの“住まいの土台”になります。そこでもやはり生命の連鎖が途切れることなく営まれています。岩礁性の海藻はゆりかごとしてだけではなく、他の生命の糧になるという役割も担っています。岩礁性藻場を形成するには、海藻が着生しやすい形状素材の「岩礁の基盤」と海藻が生長する水深に十分に光を届ける海水の透明度が重要です。残念なことに岩礁性藻場も瀬戸内海では、減少しています。 |
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