編集部|
これは個人的な感覚ですが、AIの登場によって、人間の脳が自分で考えることを放棄し、物事を解決する力を失ってしまうような危機感を覚える時があります。
人類の進化の過程や歴史を振り返ると、過去に学習した情報による知見だけでなく、物事を感じる力として「意識」や「直感」を組み合わせて物事を解決する「知能」を発達させて来たように考えます。
人類の祖先が安全な森の木の上での暮らしを捨て、さまざまな危険が予想される草地に出て、二足歩行を始めた時も、冒険家が新大陸を求めて大海に乗り出して行った時も、知能だけではなく、個人の感情や意識が決断をさせたように感じます。こうした行動をどのようにお考えになりますか?
中野|
自分で考えることを放棄し、問題解決能力を失うことが怖い、と多くの人は言うのですが「そんなに頭がいいつもりだったのか」と驚くような気持ちで、そのご意見を伺うこともしばしばです。ただ生き延びていくだけのためならば、高い知能なんて特に必要ないんですよ。それは、皆さんが自らの生活の中でよくご存じでしょう。
私たち人間は、五感(視覚・聴覚・臭覚・触覚・味覚)というリアルな身体記憶に基づく「感情・感覚」を結びつけて、「知能」を発達させてきました。
AIには人間はもう追いつくことができません。新幹線と走って競争して勝てるかどうかを云々するようなものです。
AIの可能性と発展を探る研究、そして人間の本来の脳研究、双方の分野ではそれぞれのメカニズムを解明する研究は進んでいますが、何よりも大切なことは、偏見や先入観から離れ、常にありのままの世界、ありのままの自分自身に向き合うことが人間の脳を健全に進化させる方法ではないかと感じます。
編集部|
もし、AIだからこそできる膨大な情報量を処理する新たな視界と視座が、世界に「解」をもたらすようになったら、私たちはどのように対応すれば良いでしょう?
私は「知能」とは「問題解決能力」、そして「意識」とは「物事を感じ取る感情」だと、理解してきました。考える力である「知能」と感じる力「意識」が結合した時、直感のような感覚が思いがけない判断を大きな社会課題の解決に繋げていけるように思うのですが?
中野|
脳は時々刻々、働き続けることで活性化します。そこには知識を学ぶだけでなく、五感と呼ばれる全身から届く感覚を活発に受信する力が欠かせません。学習するだけでなく、感覚を磨くことも脳の活性化にとって重要な刺激です。
ただ、都市で暮らす私たちの日常生活において、意識や感情を磨くシーンは激減しています。危険や問題が生じないようにコントロールされた現代の生活環境では、身体の各所から届く情報が著しく制御される傾向にあります。
感覚というリアルな情報が脳に届く状況を保つ、つまり脳を怠けさせないことが生物本来の機能の劣化を防ぐ上で最良の対策であるということです。
編集部|
危険や問題が生じないように設計された生活環境、この状況に私たちは甘んじることなく、脳と向き合うことが大切だということですね。
中野|
「生き延びる」という表現がありますが、私たち自身は今、毎日を文字通り生き延びています。
危険や問題のない世界を私たちは「いい世の中」と呼ぶことがあります。もちろん素晴らしい環境ですよね。けれども、時には思いのままにならないこともある。生き延びるために、その課題をどう乗り越えていくのか。私たちの将来はそこに尽きると思います。