編集部|
人間の脳と人工知能、現在どのような状況にあるのでしょうか?
中野|
あとから今年を振り返れば、あれが一つの節目だったといわれる年になるでしょう。
膨大な量の既存の情報を、ディープラーニングで処理し、圧倒的な速さで一定のクオリティのアウトプットを吐き出して来るAIの作業内容の質は飛躍的に高まっており、人間によるものを凌駕しつつあるのは、誰しもが認めざるを得ないところではないでしょうか。
人間の脳は、社会性に偏った出力をするので、必ずしも学習効率や記憶という点では優れているとはいい難い側面があります。その一方、AIには周囲に気を遣い、衝突を回避するだの“場の空気”を悪くしない配慮をするだのの必要が無いので、一見「仕事が良くできる」感じがすると思いますし、実際、人間が出してくるアウトプット以上の品質のものを高確率で出してきますから、そちらの方が信頼され、業務で使われていくのは当然のことです。この先、人間は作業のクオリティではほとんど勝ち目がないでしょう。
編集部|
個人の人生の選択のような場面においても、同様のことが言えるのでしょうか?
中野|
任意で選出された一組の夫婦の会話を15分聞分析すると、その後の二人の結婚生活がどのような結末を迎えるのかが高い確率で予測できる、という研究があります。
ただし、経験の豊富な心理学者が分析すれば、という条件付きです。
一般の人が見たのでは、わからず、外してしまう。しかし、AIの強みはこの「経験」がビッグデータとして蓄積されて、分析に反映されてくるというところなのです。いわば「客観的」に二人の会話の内容、微妙な声音や双方の反応を読み取り、夫婦の未来を中途半端なトレーニングしか積んでいない人間よりもずっと正確に予見できるのです。
将来に向かって、心理的負荷のかかる判断が求められている時、人間の脳は脆弱な根拠と自分にとって都合の良い要素だけを抽出し、それによって結論を出すことがあります。
一方、AIは学習した全データに基づき、総合的、かつ客観的に結論を導き出します。
編集部|
具体的な事例を挙げて、ご説明いただけますか?
中野|
現在、日本社会の未来を左右する大問題の一つ、「少子化」を例としてお話ししましょう。
戦後のベビーブームのピーク時(1949年)には、約270万人の新生児数を記録していました。私はその子世代にあたり(1975年生まれ)、第二次ベビーブームの真っ只中。1973年の出生数は約209万人という統計データが出されています。
翻って昨年(2024年)のデータを見ますと、出生数は70万人を切りました。
この50年で3割ほどにまで減少しています。ほとんどの先進国では少子高齢化が進みつつありますが、日本におけるそのスピードはかなり速いと考えてよい水準といえるでしょう。
少子化の原因をめぐる議論はかまびすしく、さまざまな理由が挙げられています。
要因を分析して有効な手を模索するのはどの国も同じかと思いますが、例えばハンガリーでは、大規模な経済支援策により、過去には日本より低い水準だった出生率を回復させています。ただし、その効果は一時的なものであったとする報告があります。
さらに少子化対策に成功したとされる国には、フランス、スウェーデンなどがあります。フランスとスウェーデンは、経済的支援や保育サービスの充実、育児休業制度の整備などを通じて、一度低下した合計特殊出生率を人口置換水準(2.0程度)近くまで回復させました。
しかしながら、これは4人まで妻を持つことができるイスラム系の移民が多数の子を産んでいるのであって、政策が功を奏したわけではないという指摘もあります。
いずれにしても政策の主眼は子を産む層の経済基盤の脆弱性にあるとする立場は変わりませんが、GDPの数%という巨額の対策の割に効果が限定的であるというところに頭を悩ませているのが現状といえます。
編集部|
日本のみならず、政府の施策によって、一国の人口構成が劇的に変化することは中国の「一人っ子政策」など、近年の各国の人口統計からも理解できます。
中国の一人っ子政策:
1979年から2015年まで実施される。2016年1月、すべての夫婦が二人目の子供を持つことが認められる。2025年インドの人口(14億6,390万人)は中国の人口 (14億1,610)を超え、世界第一位の地位を明け渡した。
つまり現在、施行されている社会の法律や規則は、対象となる人々をコントロールしようとする為政者や管理者の意思が反映されているという意味でしょうか?
中野|
もちろんコントロールしたいという意思は何らかの形で反映されているはずです。
しかし、現状がその通りに動くかというとそうとは限りません。
例えばSNSの発展による情報収集、ディープリサーチなどAIで幅広い知識や知見の入手が可能になった現在、多くの人々が現在の法律や規範、日常の常識の流動性や多様性を感じるようになったのではないでしょうか?
人間社会が“その先の幸福”を目指し、直面するさまざまな分断を乗り越えるには、AIだからこそ可能な膨大なデータ分析と緻密な検証をベースとした新たな社会構築に向かって動き出すことがポイントになるでしょう。
人間とAIが真の意味で協働できるか否か、私たちは今、重要なタイミングに立っていると感じます。