~地球の声に耳を傾ける~
エコピープル

2022年秋号 Ecopeople 93山極壽一インタビュー

2 地球と人間の共存に向かって

山極
産業革命によって近代科学が飛躍的に発達した時代に台頭してきた資本主義と西洋のキリスト教思想が、この動きをさらに加速させていくことになるのです。一神教であるキリスト教の教義によれば、「人間は創造主である“神”から地球を管理する責任と義務を与えられた」故に、「人間こそが、地球という惑星を管理できる能力を持っている」という論理となり、この一神教思想が科学技術の発展を後押ししたわけです。
資本主義とは“今ある成果”に投資することで、将来に向け、さらに豊かな富を築くこと。この200年あまり、人間はどんどん富を拡大するという思想の下に生きてきたわけです。
編集部
しかし、それが今、暗礁に乗り上げてしまっている…

山極
『プラネタリー・バウンダリー』(Planetary boundaries=地球の限界*)としてヨハン・ロックストロームたちによって打ち出された概念である地球の限界を表す指標のうち、生物多様性は既に限界値に達しているし、リンと窒素の循環量も限界を超えてしまっている。このままだと地球環境は本当に危機的状況に陥ります。
今、僕たちが直面しているのは「天に唾を吐く」行為の結果であり、僕たち自身が変えてしまった自然環境がそのネガティブな要素を人間に再び突きつけているだけのことです。新型コロナウィルスはまさにその一番いい例かもしれません。
だからもう一度歴史のどこかに立ち戻り、僕らはどこで間違ったのかを考えつつ、新たに “人間の世界”をもういっぺん構築し直さなくちゃ、地球と人間は共存できないんです。

*環境省サイト
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h30/pdf/1_1.pdf



編集部
再構築に向けての起点となる考え方とは?

山極
現在の事態に最も有効な考え方とは、先ほどご紹介したフォン・ユクスキュルの「環世界」であり、和辻哲郎の『風土』、西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」という「自己と環境は客観視もできないし、離れることもできないという考え方」です。これは近代科学を支えてきた西洋ではなく東洋の思想です。
特に最近、私が引用しているのは、京都大学の哲学者、山内得立(YAMANOUCHI Tokuryu)が唱えた『四つのレンマ』という思想です。これは元来インドから来た思想なんですが、我々が今、世界を理解する根幹に据えている「二元論」や「排中律」ではなく、「容中律」を尊重する考え方です。
具体的に言えば、二元論には「間」がありません。これはデジタルもそうですが、「0」と「1」の間に何も存在しない。「0」から「1」へとポンと変わる、コンピューターに採用されている考え方です。確かにこの考え方は安定しているので、僕らの世界は「デジタル」思考にどんどん置き換えられてしまいました。
しかしながら、その前に僕らは何をやっていたかといえば、「アナログ」の世界に生きていたわけです。アナログでは「0」と「1」の間に無限の数値が存在し、「ひと続きの繋がり」を重視する考え方です。しかし、現代社会を席巻するデジタル、あるいは二元論では「あちら」と「こちら」しかないのです。 決断を迫られた時に「あちら側」につくか「こちら側」につくかの二択になると、「強いものが勝つ」結果しか無くなってしまいます。
1990年の湾岸戦争勃発時、あるいは2001年の「9.11」、ニューヨークのワールド・トレードセンターに飛行機が突っ込み、人々の目の前でビルが瓦解した時、ブッシュ大統領が全世界に「君たちはどちらにつくんだ? 我々か、向こうか、どっちなんだ?」と迫ったように。今もそれに近い状況になっています。
編集部
今回のロシアのウクライナ侵攻についてはどのようにご覧になっていますか?

山極
ロシアがウクライナに侵攻し、EUは「ロシアが悪い」と言い、ロシアは「EUが悪い」と言い、今回も双方がどちらにつくんだと、世界に呼びかけているわけです。これは西洋近代の基本的な思想スタイルです。しかしながら現在、僕らの中では「それではやっていけないんじゃないか」という疑いが心の中に芽生えていませんか?
多くの人々が永きにわたり西洋文化の「二元論」を採用し、現在の世界をもたらした。しかし東洋は、そのような潮流の中にあっても同様の歩みはしてこなかったのかもしれません。でも東洋の考え方は、圧倒的に優勢な西洋近代の「二元論」の前ではその姿は見えない、埋れた状況です。