1884年、後にアルバートザウルスと呼ばれる恐竜の化石が発見されて以来、ここは世界の古生物研究者のメッカ。世界遺産にも指定され、今も発掘作業が精力的に続けられている。かつては地球の王者として君臨した巨大な恐竜たちも、地球環境の大変化で絶滅したといわれている。古代生物の化石に出会う旅は、現在の私たちの環境問題を考えるきっかけにもなりそうだ。

●氷河が太古の世界の扉を開いた

カルガリーの北東約140キロ、バッドランドを上空から眺めると平らな大地が何か大きな力で引き裂かれたように見える。壮大な亀裂の底にはレッド・ディアー川が流れ、その周囲には黒、赤、ローズ色、茶色、灰色などの地層の積み重なりがくっきりと見える。
1万3000年ほど前にカナダの中心部を通り過ぎていった氷河が大地を削り取り、6400万年から1億4000年前の太古の地層を露出させた。この地層が川や風の浸食で不思議な形に変化したのがバッドランドだ。今は草もあまり生えていない乾燥した土地だが、かつては熱帯のジャングルのような湿地帯だったと考えられている。そこを支配していたのは巨大な恐竜たちだ。恐竜の化石は世界中で発見されているが、バッドランドほど大量に集中して見つかっている例は他にない。現在でも、春になると雪解け水に侵食されて新たな化石が毎年露出しているほどだ。

●ティレルが見つけた不思議な「石」

1884年、石炭の鉱脈を調査するためにレッド・ディアー川流域の地質調査をしていたジョセフ・ティレルは、巨大な骨の形をした「石」を発見した。それは、後にアルバートザウルスと命名された7000年前の恐竜の化石だった。ティレルの発見直後から、このエリアにはヨーロッパやアメリカ東部から調査隊が次々と訪れ、やがて古生物学のフィールド研究の中心地として知られるようになった。
　現在、バッドランドの中心地ドラムヘラーにはティレルを記念した恐竜博物館、ロイヤル・ティレル博物館がある。広大なスペースに巨大な恐竜の完全標本が数十体展示されているのをはじめ、アルバータ州が太古の海底だった時代から現在に至る地理学的変化を分かりやすく解説した展示を見ることができる。特に、恐竜が生きていた時代の環境を想像させる巧みな展示方法には、子供から大人まで好奇心を心地良く刺激されているようだ。

　恐竜はある時期を境にして、比較的短期間のうちに一挙に絶滅したと考えられているが、その原因には諸説があって、まだ決定的な定説はない。ティレル博物館の展示でも、絶滅の原因について、巨大な隕石の地球衝突を始めとする主要な説がわかりやすく紹介されている。いずれにしても、地球環境の変化が恐竜の運命に影響したことは間違いないだろう。

●太古の海底を歩くハイキング・トレイル

　バッドランドの地層は幾重にも積み重なった地球の歴史物語だ。一番下に見える黒い地層は、かつて北米の中央部を覆っていた海の底だ。ティレル博物館からは、周辺の特異な地形やそこに生きる動植物を観察できるトレイルが伸びている。一周数十分から数時間まで、コースもさまざま。ゆっくり歩いていると地球が静かに語りかけてくるような気がしてくるだろう。
ティレル博物館は、展示ばかりでなく、古生物学の世界的最先端をいく研究所でもあるので、発掘作業を体験したり、化石の分類作業を見学したりする教育プログラムも充実している。例えば、何種類ものガイド付きのツアーが企画されており、本物ではないが、化石を発掘する状況を疑似体験できる"Excavate It"や、化石の標本模型を石膏で作る"Fossil Casting"は大人でも十分楽しめる。恐竜の「種」としての繁栄を絶滅の過程を例にとりながら、現在の地球環境問題を子供たちに考えさせるきっかけとなるような解説もたくみだ。

　また、自動車を利用できるなら、博物館から北へ向かうダイナソー・トレイルや南へ行くフードゥー・トレイルと呼ばれる周遊ドライブ・ルートもある。このルートを走れば、地球の風景とは思えないようなさまざまな地形を眺めながら、恐竜が地響きを上げて歩いていた時代を楽しく想像することができるだろう。さらにドラムヘラーから南東へ170キロほどのところにあるダイナソー州立公園もぜひ訪れたい。ここはバッドランドよりさらに雄大な渓谷で、ここからもたくさんの恐竜の化石が見つかっている。公園の入り口にはティレル博物館の分室もあり、化石が発掘された当時の状況で露出している場所を見学することもできる。なお、この州立公園はユネスコの世界遺産にも指定されている。