↑ アメリカ滝の上にあるゴート島が川を二つに分けている


■巨大なエネルギー源としてのナイアガラ滝

 ナイアガラ滝は、ナイアガラ半島の突先、カナダのオンタリオ州と米国のニューヨーク州を分かつナイアガラ川に位置している。滝はもとより、このナイアガラ半島も実は地理学的にはきわめてユニーク。三方を水に囲まれ、「半島」と呼ぶにふさわしい広さを持つ場所のほとんどは海に突き出している。しかし、ナイアガラ半島はエリー湖とオンタリオ湖という広大な湖に囲まれた「内陸半島」なのだ。このような場所は世界的にもめずらしい。
怪物屋敷もナイアガラの人気(?)アトラクションの一つ

 またナイアガラ滝周辺は社会学的にも興味深い場所だ。カナダの観光地のほとんどは、自然の美しさを「売り」にしているので、お土産屋や看板などの規制もきびしく、観光開発のありかたも地味だ。しかし、ナイアガラ滝の周辺だけは例外。大規模なカジノからお化け屋敷、UFO博物館、いったい誰が買うのかと思うほどけばけばしい土産物を並べる店、そして一流ホテルにまで真っ赤なハート型のお風呂が用意されている。一方、米国側のナイアガラ・フォール市はいたって静かで、カナダ側のような徹底した観光化はされていない。カナダが米国より地味な珍しい例といえるだろう。

 この違いの大きな理由の一つは「エネルギー源としての滝」。米国側のナイアガラ・フォール市は、観光地としてより、19世紀の末から滝を利用して作られる電気を使って一大工業地域として発展してきたからだ。化学や金属関係の工場が滝周辺に進出し、ドゥポンやジレット、ユニオン・カーバイドといった国際的な大企業がナイアガラの水力発電を利用してきた。もちろん、1950年代にはカナダ側にも大規模な発電所が建設され、ここから生み出される電気は米国側にも送られている。
水力発電所の建設で、ナイアガラ滝に流れ込む水の量は大きく減ってしまった。水を無制限に取り込めば、滝は「大自然の驚異」としての迫力を失ってしまうだろう。川からどれほどの水を発電所に取り込むかは、カナダと米国両国にとって大きな問題だ。現在、両国の間には協約が結ばれ、一定量の水が滝から落下するように決められている。

カナダ側にあるカナダ滝は馬蹄形に広がっている

■714キロ続く断崖に守られた「桃源郷」

 世界最大の淡水湖群である五大湖の一つ、エリー湖から北へ向かって流れ出した水は、やがてオンタリオ湖へ注いでいる。その途中にあるのがナイアガラ・エスカープメントと呼ばれる断崖だ。最初にナイアガラ滝が生まれた場所は、現在の落下地点から11キロほど北だと考えられている。1万2500年かけて膨大な水がナイアガラ・エスカープメントの崖を浸食し続け、現在の滝の位置まで後退してきたのだ。
 ナイアガラ・エスカープメントはナイアガラ半島を南端にして北西に向かって延びており、ブルース半島まで714キロにわたって続く壮大な断崖だ。この地形が周辺の環境に及ぼす影響はきわめてユニークで、1990年にはユネスコの「ワールド・バイオスフィア・リザーブ」に指定され、人類にとっての大切な自然環境として保護されることになったほどである。
 その影響の一つがナイアガラのワインだ。ここ数年、ナイアガラはアイスワインの産地として日本でも注目されるようになったが、断崖の北側、オンタリオ湖に沿って、たくさんのワイナリーが点在している。太古の湖の底に堆積した土砂や、氷河が運んできた土砂がナイアガラ周辺に滋味豊かな土地を作り上げた。断崖とオンタリオ湖に囲まれたエリアは、まるで屏風で守られるように晩秋の厳しい寒さを避けることができる。霜の降りるのが遅ければ、果物の生育には理想的な環境だ。北国のカナダで果物を育てられる場所はそれほど多くない。
1825年には、すでにこのエリアの特殊な気候に注目した農民が桃の栽培を始めている。文字通りの小さな「桃源郷」だ。そして1950年代からはワイン用のブドウの育成も本格化してきた。現在、ナイアガラ周辺には40を超えるワイナリーがあり、ワイナリーを訪ねるためのドライブ・ルート「ナイアガラ・ワイン・ルート」も50キロにわたって伸びている。
断崖の下にはワイナリーのブドウ畑が広がっている

■ナイアガラのグリーンベルトを護る

 1859年に滝の上を渡したロープでフランス人の芸人が綱渡りを見せたとき、4万人の観客が集まったという。樽の中に入って滝を落下する「ディアデビル」達を見物する人も毎回数万を下らなかった。ナイアガラの滝は19世紀半ばから北米屈指の観光地であり続けている。しかし、1870年代には無制限な観光化を危惧する動きがあり、オンタリオ州政府は滝に直結するエリアを公園として保護する方針を決めた。
 オンタリオ州は「ナイアガラ公園管理局」と呼ばれる組織を作り、そこに公園や滝に直結するアトラクションの運営をまかせている。派手なネオンサインもホテル群も、滝を見下ろす崖から下には降りてこられないのはこのためだ。滝周辺は良く手入れされた公園が続き、ナイアガラ川に沿って、オンタリオ湖まで長い遊歩道とグリーンベルトが続いている。

ナイアガラ川にそって続く緑地帯の遊歩道

 ナイアガラでカジノに行くのも、キッチュなお土産を探すのおもしろいだろう。コカコーラやハーシーチョコレートのノベルティ・ショップもある。しかし、本当のナイアガラの魅力に出会うなら、滝周辺の緑地帯をゆっくり歩いてみたい。遊歩道を自転車で走るのもおすすめだが、断崖はかなりてごわいから要注意。秋の紅葉と滝のコントラストの美しさは格別だが、滝の水飛沫が空中に舞ったとたんに凍りつき、まるで魔法の粉のようにキラキラ輝く真冬ならなおいい。極寒時の滝はまるで氷の宮殿のようだ。観光客の少ないシーズンなら、滝とそれを囲む大自然の声もきっと見る人の耳にはっきりと聞こえてくるだろう。
(取材・文責 宮田麻未/写真 神尾明朗)

真冬にも滝の水は絶え間無く流れるが、
水飛沫が凍りついて複雑な形の氷柱が生まれる
●ナイアガラ観光局:
http://www.naiagarajapan.com/
カナダ側のナイアガラ観光局による日本語版公式サイト。現地の観光局から直接新しいニュースが入ってくる。更新もこまめで、ナイアガラに関連した日本語のリンクやサイト紹介も充実している。