簡単なギアで誰でもできるアイスウォーク
春から夏にかけては川底になる砂利の上をしばらく歩いて行くと、両側の岩壁が徐々に狭まってくる。崖のあちこちから流れ落ちていた水はすでに凍りついて、蒼白いドレープのように様々な形で岩壁を飾っている。
「そろそろ滑り止めを着けましょうか。」
とガイドが声をかける。この滑り止めギアは、ゴムのサンダルの裏側に円形のビ
スをたくさん植えつけたような一見簡単なものだ。しかし、このギアはかつて冬山登山やアイスクライミングに使われていた、鋭い歯の付いた重い金属製のアイゼンとは全く違う「ハイテク」の結晶だ。この滑り止めギアのおかげで、誰でも気軽にアイスウォークが楽しめるようになったと言っても良いだろう。ハイキングブーツの上から、このギアを手軽に装着するだけで、凍りついた谷底の川の流れをたどり、まるでクリスタルの宮殿のように周囲の全てが氷で覆われる滝つぼへも、ハイキングの初心者でも少しだけ足元に気をつけて歩くだけで行かれるようになったのだ。
カナダで最も規模の大きなスキー場をはじめ、様々なウィンター・スポーツのメッカとして知られるカナディアン・ロッキー周辺では、ここ数年アイスウォークの人気が高まっている。気軽に体験できるようになったといっても、気候の急激な変化など、真冬には夏のハイキングをはるかにうわまわる危険がともなう。短距離のアイスウォークでも、ガイド付のツアーに入るのがおすすめだ。周辺の自然や野性動物、先住民の歴史などの解説をガイドから聞きながら歩くのも楽しい。
グロット・キャニオンの謎の岩絵
カナディアン・ロッキーでアイスウォークが注目されるようになったのは、ジャスパーのマリーン・キャニオンが最初だろう。ここは、崖の上から狭く深い谷底を眺めながら歩くことができる遊歩道が作られており、夏の観光の人気ポイントの一つ。冬になると、その谷底の流れと大小いくつもの滝が氷結し、渓谷全体が蒼白い壁の洞窟のようになる。深い所では50メートル以上もある岩壁の狭い谷底には、太陽の光も微かにとどくだけ。その神秘的な雰囲気は訪れた人々の心に不思議な安らぎを与えてくれる。
バンフの周辺で有名なのはジョンストン・キャニオン。ここは川の水量が比較的多いので、川全体が氷に覆われるほど気温が下がることは少ない。しかし、ここにも川を見下ろす崖に沿って遊歩道が作られているので、氷と雪が作りだす巨
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グロット・キャニオンの壁に描かれた
不思議な人物像
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大な彫刻作品を眺めながら歩けば、寒さを忘れてしまうほどだ。この周辺には冬の間も活動する野性動物が多いので、雪の上の足跡を探すのも楽しみ。
また、歴史に興味があるならバンフの近くにあるケンモア村のグロット・キャニオンがおすすめ。ここは谷底の幅が比較的広いので、マリーン・キャニオンやジョンストン・キャニオンほど迫力のある「氷の宮殿」には出会えないが、その代わり先住民の描いた素晴らしい岩絵( ピクトグラフ) を見ることができる。
この岩絵は、およそ3000年前( 他にも推定年代に説があって確定的ではない) にファースト・ネーション( 先住民) の人々によって描かれたものだ。赤い染料を使って、バッファローやカヌー、人物像などが素朴な力強い線で描かれている。中でも有名なのは、背中を少し丸めて踊りながら笛を吹いているように見える人物像。これは、米国の南西部、アリゾナやニューメキシコ州周辺でしばしば見かける「ココペリ」と呼ばれる伝説上のモチーフにそっくりだ。いったい、どうしてそんな絵が遠く離れた北の岩壁に描かれたのだろうか? 3000年以上も昔に、長い長い旅をした人がココペリの物語を伝えたのだろうか? 好奇心が心地よく刺激されて、体まで温かくなってくるような気がする。
アイスウォークを催行している業者はいくつもあるが、どこも中間点で温かいココアを飲みながら一休み、というのがお約束。美しい氷の世界に包まれて味わう、たっぷり甘いココアは良い思い出になりそうだ。