カナダのマニトバ州北部、オンタリオ州やケベック州の大部分をふくむ一帯は、地質学的には「カナディアン・シールド」と呼ばれる岩盤で覆われている。この岩盤は今からおよそ25億年前の前カンブリア期に生成した、地球上でも最も古い地層の一つだ。それを覆っていた新しい地層が氷河で削り取られ、太古の固い岩盤が露出したのだ。氷河が通り過ぎた後には、無数の池や湖が残され、それらを結ぶ川も網目のように縦横に延びている。日本にはたくさんの鍾乳洞や洞窟があり、未知の地下世界を体験することができるが、米国の東部にも同じように数多くの鍾乳洞がある。そのいくつかは壮麗で神秘的な形の鍾乳石や、地下の雄大な滝などがある観光名所ろして知られる。しかし、カナディアン・シールド一帯は全体的に岩盤が固く、鍾乳洞には不可欠の石灰岩の地層が少ないため、一般の人が訪れることができる洞窟はきわめてまれだ。
カナダの首都オタワから西へ約100キロのイーガンビルにあるボンシェール洞窟は、カナダ東部では珍しい地下の観光ポイント。しかも、観光地化した他の洞窟とは一味違う開発の仕方が「洞窟探検ファン」から高い評価を得ている。
トロピカルな海が石になった地下宮殿
ボンシェール洞窟は1853年に発見されたが、一般に公開されるようになったのは、100年以上もたった1955年。現在はクリス・ヒンスページャー夫妻が個人で運営している。クリスさんは高校生の時に、アルバイトでこの洞窟の案内人をしていたことがあり、一時経営困難で閉鎖されていた洞窟を買い受けて再開に踏み切った。切符売り場もおみやげ用の絵はがきも手作りだ。
この洞窟は、すぐそばを流れるボンシェール川が、しばしば流れの方向を変えることから浸食されて生まれたものだ。地層はおよそ5億年前の石灰岩。周囲の地層に比べるとかなり「新し」く、石灰岩であるのもめずらしい。鍾乳石もまだ天井の一部にほんの少し見られるだけで、この洞窟の「新しさ」がかえってユニークというわけだ。
日本やアメリカの有名な洞窟では、「七福神」とか「象」に見立てた鍾乳石が華やかに
ライトアップされていたりすることが多いが、このボンシェール洞窟には、そうしたエンターテイメント性は全く無い。その代わり、隆起や陥没などに邪魔されることなく、美しく真っ直ぐに延びた地層が幾重にも重なっている状態を見ることができる。北米大陸が、かつては神秘的な形の珊瑚や巨大な巻き貝、固い鱗を輝かせた魚たちがたくさん泳いでいたトロピカルな海の底だったことを教えてくれる地層の重なりだ。
洞窟の壁には、太古の海に生きていたさまざまな生物の化石があちこちに埋まっている。ソッと指で触れると、海の音が聞こえてくるような不思議な気持ちになる。
太古の波に揺られてコウモリが見る夢は?
ボンシェール洞窟は毎年5月から9月まで公開されている。公開直前に洞窟内に流れ込んでくる水を出入口でせき止め、溜まっていた水をかき出して人が歩けるようにする。シーズンオフには、また出入口を開けるので、川の「気分」しだいで少しずつ洞窟は変化していく。
水は洞窟を完全に満たしてしまうわけではな
いので、冬の間はここがコウモリの越冬場所になる。カナダ東部の冬は厳しく、この洞窟があるオタワ渓谷周辺は零下10度以下になることもめずらしくない。雪もかなり積もる。こんな時、年間を通して15度程度に一定している洞窟内の温度はコウモリにとってまさに楽園だ。
毎年9月末になると、洞窟の岩の亀裂から次々とコウモリが入り込んでくる。9月中はまだ観光客がやってくるが、コウモリたちは点灯されてもあわてる様子もなく、気持ちよさそうに眠っている。アンモナイトやウミユリの化石に足をかけて眠っているコウモリはいったいどんな夢を見ているのだろうか?クリスさんは、この洞窟を派手な観光施設に発展させるより、太古の海の姿を静かに想像できる場所のままにしておきたいと思っているようだ。「冬にコウモリを守る場所として機能しているのも嬉しい」と笑顔で語ってくれた。