ほとんど黒に近い毛並みの狼が一匹、ハイウエイの真ん中をとぼとぼと歩いて行く。ほんの少し首をまげて後ろを振り返るが、近づいてくる車を恐れようともしない。キャンピング・カーが列を成して通って行く夏の一時期をのぞけば、デムプスター・ハイウエイの交通量は極端に少ない。
1896年、現在のカナダ、ユーコン準州ドーソン・シティの小さな渓流で金が発見された。これが北米中を熱狂的に沸かせたユーコン・ゴールド・ラッシュの幕開けだ。今でもドーソン・シティの郊外には、金を求めて谷間を繰り返し掘り起こした跡が道の両側にみにくく残されている。
そのドーソン・シティから東へ約40キロ、ここがデムプスター・ハイウエイの起点だ。入口には「次の給油所まで370キロ」と太字で書かれた標識が立てられている。これは冗談でもなんでもない。起点から370キロ地点のイーグル・プレインまで、給油所があるようなコミュニティは全くない。
入口から10キロ足らずで舗装はお終い。後は734キロ先の終点、ノースウエスト準州のイヌビックの少し手前まで全て未舗装道路だ。しかし、土壌が粘土質なので走りにくい道ではない。ただし、長い長い冬の間は、道はコチコチに凍結してしまうが……。いずれにせよ、四輪駆動車でスピードを押さえ気味に走るのがベスト。もちろん、それは素晴らしい風景を楽しむことなく走り過ぎてしまうのがあまりにも惜しいからでもある。
ゆっくり走れば動物の姿を捕らえるチャンスも大きくなる。このルート沿いの全てのエリアは熊の生息地だ。ブラックベアーも凶暴なグリズリー・ベアーもいる。白頭ワシを始めとする猛禽類も多い。遮るもののない大空にのびのびと翼をひろげるゴールデン・イーグルや、するどい鳴き声を残して空気を切り裂くように飛翔するスワイソン・ホークなどの美しさは息をのむほどだ。
デムプスター・ハイウエイは大陸分水嶺を3度越え、北米大陸で2番目に巨大なマッケンジー河やユーコン河に沿って走り、タイガの大地を北上して北極圏に入る。このルートが一番美しいのは晩秋だ。この地域の秋は8月下旬に始まり急速に深まっていく。しばしば「荒野」と表現される亜北極圏や北極圏の大地だが、秋の色彩の鮮やかさは、この地が生命に満ちた場所であることの証だ。クランベリーやベアベリーの実はルビーのような紅色に染まり、灌木は黄金色からオレンジ色のグラデーションでカラフルに色づく。淡い翡翠色の地衣類(菌類と藻類とかが共生して一体となっている植物)とのコントラストの美しさは、とりわけ印象的。
そして、その色彩豊かな大地が初雪の白いベールでうっすらと包まれる時、カリブーの大移動が始まる。しなやかな体と気品に満ちた角を持つカリブーの巨大な群れが粛々と雪の大地を進む姿は深い感動を呼ぶだろう。
起点から405キロ、デムプスター・ハイウエイは北極圏に入る。北緯66度33分を示す標識を背に周囲を見渡すと、柔らかな稜線をえがく丘陵地帯が続いている。地リスが旅人を迎えるようにあちこちで顔を出す。すでに羽の色を白く変えて冬支度をした雷鳥が羽音を立てて走って行く。
極北のハイウエイはすでに闇に包まれている。そして、うっすらとオーロラが輝き始める。
北緯66度33分を示す標識を背に周囲を見渡すと、柔らかな稜線をえがく丘陵地帯が続いている。