ゆるやかに起伏を描いて丘陵地帯が続く。カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州のカリブー台地は、深い緑の木々に覆われている。かつて黄金を求めて開拓者達が集まっていたこのエリアでは、今は牧畜が盛ん。森や湖の自然の美しさを守りながら、牛や馬を育てたいと願う、心優しいカウボーイ達がいる。

　「馬に近づく時は優しい声をかけておやり。トーンの高い声ではなく、丸くて低い声だよ。馬の方だって始めは少し怖いんだ…」　初めてこの「フライングＵランチ」牧場にやってきた人々は馬への近づきかたから教えられる。馬の正面ではなく、首のあたりを目指してゆっくり近づく。目を真っ直ぐ見るより、視線も首の辺りに。近づいたら、馬の体に沿って少し行ったり来たりしながら優しく触れてやるといいらしい。その間も柔らかな声で語り続けるのが出会いのコツだ。

　カリブー台地のほぼ中央に広大な敷地をもつ「フライングＵランチ」は、1849年以来続いている、カナダで最も歴史のある牧場の一つだ。1860年代にカリブー台地の北部で金鉱が見つかった時は、黄金の夢に浮かされた男達が何千人も牧場の側の街道を北へ向かって行ったという。

　今も「フライングＵランチ」で働く人々は皆な筋金入りのラングラー（家畜の番人）だ。早朝に森の中に散っていた馬を集める時の彼らの仕事振りは、そのまま懐かしい西部劇の世界のよう。

　カリブー台地のある牧場では、観光客を受け入れて乗馬や牧場生活を体験させる「副業」をしている所が多い。中には、お洒落な宿泊施設や立派なスパなども整え、すっかり観光中心になった所もある。( 注1)

「フライングＵランチ」は観光地化したパイオニアだが、あくまでもきちんと牧場として機能している所へ客を迎えるという姿勢をくずしていない。泊まるのは1920年代に建てられた丸太小屋。トイレもシャワーも別棟だ。ここでは最短でも3 泊はすることになっている。まず馬に乗るのが目的。全くの初心者もベテランもやってくる。それぞれ、滞在中は毎日同じ馬に乗ることになる。初めての客には、ラングラーが優しく話しかけてきて、その人の性格や馬への態度などをさりげなく観察する。「最初に馬を見る視線とか、体の動きとか、表情とかを見れば、どの馬と相性が良いかはだいたいわかる。」とベテランのラングラーは笑顔を見せる。

　経験が育んだ不思議な直観のようだ。決められた馬にのって、近くのトレイルを軽く巡る。馬に乗った経験のない人はここで、基本的な動作を教えられる。あとは、全く自分次第ということになる。

　ほとんどの観光牧場では乗馬といってもガイドに連れられて、何頭かの馬に乗った人々がトレイルを一列で進んでいくという形をとる。「フライングＵランチ」のようにここから先はご自由に・・・というのはほとんどない。ましてや初心者に自由を許すのは稀だ。もちろん馬に乗るときは「危険の責任は全て自分で負います」という誓約書にサインするのだが・・・。

　基本の動作を習ったら、そこから先は馬と人との心の響き合い次第だ。馬は賢く、人の本心に敏感だ。乗り手が本当に出掛けようという気になっていないと牧場のゲートから出ようともしない。その代わり、乗り手の優しさと強い意思を知れば、手綱の微妙な動きにも反応してくれる。

　あとは馬にまかせて、森へ入って行けば良い。走らせるより、ゆっくりとした歩調がおすすめだ。木々の枝でゆれる不思議な苔類、藪の陰にさく小さな花、若葉を通ってくる光の美しさにも気がつくだろう。氷河が通り過ぎた跡に生まれた無数の池や湖に出れば、空の広さが強く心に残る。馬の背の高さから眺めると視界が一段と広くなるからだろう。

　数日の内に、この心優しい動物との交流で、自分の心や体まで癒されているのに気づく人も多い。人間同士の会話まで柔らかな声になっているからだ。