1981年にはG7経済サミットがここで催された |
大恐慌の嵐が世界中を激しく揺さぶっていた1930年、スイス系アメリカ人の富豪ハロルド・サドルマイヤーは、スイスアルプスのシャレーを思わせる壮麗なログハウスを中心にした、広大なリゾートの建設を始めた。そこに集えるのは、プライベート・クラブのメンバーのみ。選ばれた人間が大自然に包まれながら贅沢な心地よさを満喫するために、シャトー・モンテベローは生みだされたのだ。これをエコツーリズムの先駆とみるか、富豪たちが自然を自分の思い通りにしようとした傲慢さと考えるか、75年後の今も結論は出ていないようだ。 |
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シャトー・モンテベローは、大地が燃え上がるような鮮やかな紅葉で有名な、カナダのロレンシャン高原の西斜面、オタワ川の岸辺に建っている。首都オタワからも車で45分ほどの距離だ。 カナダの西海岸から列車で運ばれた1万本以上の巨大な杉の木を組み合わせた本館は、今でも世界で最も規模の大きなログハウスだ。ヨットでやってくるメンバーのためのマリーナはもちろん、ぜいたくな室内プールやゴルフ場、テニスコート、馬小屋まで、富豪のリゾートにふさわしいさまざまの施設が、オープン当初から備わっていた。 本館周辺だけでも十分な広さの敷地があるが、それだけではなく、このシャトー・モンテベローには2万7000ヘクタールもの広大な原野が付属している。氷河が通り過ぎた後に残された大小の湖、楓や白樺の森、そしてそこに住む野生動物や野鳥たちも、このプライベート・クラブの「所有物」だったのだ。サドルマイヤーは、モナコのレニエー大公をはじめとするメンバーたちが心おきなく釣りを楽しむために、鱒の孵化場を作って湖に稚魚を放った。選ばれた人々には、豊かな釣果があるのは当然だと考えたようだ。また、森の中を通る馬道も、小枝が客の邪魔にならないよう、こまめに、しかもさりげなく剪定された。このように、多くの従業員によって、きめ細かな配慮が加えられたおかげで、メンバーたちは安全で心地よい「大自然」を楽しむことができたのだ。 |
カナダを象徴する楓の紅葉 |
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1970年、シャトー・モンテベローは重い扉を開き、一般客も利用できるホテルに生まれ変わった。しかし、その格式の高さはフェアモント系ホテルの一つになった今も変わらない。大自然との触れ合いをうたったアクティビティの豊富さも、かつてのプライベート・クラブ時代の伝統を受け継いでいる。もちろん、クレー射撃やランドローバーで原野を走るツアーなど、新しいプログラムも加えられた。 なかでも、最近人気があるのはベアー・ウォッチングだ。シャトー・モンテベローの所有する原野には鹿やムースなど50種類以上の野生動物が生息しているが、黒熊もたくさんいる。種類は黒熊なのだかが、全身の毛が金茶色のゴールデンベアーと呼ばれる珍しいものが現れることもある。これを「安全に」観察するのが、ベアー・ウォッチングだ。 熊は自分のテリトリーの中を毎日巡回する性質がある。一日6キロから10キロ程度を歩き回るのだ。ほぼ同じルートで回るので、そのコースを特定することは比較的簡単だ。そこで考えられたのが、観察小屋。ツアーは一日二回、1時と4時に出発する。ベンツの軍用車を改造したトラックはサファリ気分を盛り上げるための演出らしい。この車で谷の斜面に建てられた観察小屋に到着。カモフラージュをほどこした小屋の中で、静かに熊の出現を待つというわけだ。これだけなら、少し演出はあるものの、車椅子に乗った人でも気軽に熊を見ることができて、なかなかおもしろいベアー・ウォッチングということになるだろう。しかし、小屋の中で待つうちに、なんともいえない不自然さを感じてきた。あまりに都合が良すぎる感じなのだ。 結論から言うと、くまは餌付けされていた。まず、熊の巡回ルートを見つけ、観察小屋を建てたら、小屋の前の木にリンゴなどを挿しておく。ここへ来れば何かが食べられるという知識を熊に与えるわけだ。しかし、一日の食料分を食べさせるわけではないので、熊は自分のテリトリーを回るのをやめない。1時と4時のツアーでは目的地の観察小屋が別々なのも、熊の巡回日程(?)にあわせた工夫だ。 熊は「自然な」生活の日程をこなしているのだから、ベアー・ウォッチングと称するのは間違いとは言えないだろうが、これをエコツーリズムの一つに数えるべきかどうかは疑問だ。私たちは熊の出現を待たずに小屋を出ることにした。 |
白樺に残された熊の爪あと |
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「日程通りに移動する熊」を観察し、「目撃成功率85%!」と胸を張られるのは、少し滑稽だったが、同じようなエコツアーはあちこちにある。ジープでライオンを追うアフリカのサファリ、パンでアリゲーターを集めるフロリダのエバグレーズのアリゲーター・ボート、ゾーディアックで鯨を追ったり、ヘリコプターで氷原に降り立ちアザラシの赤ちゃんを探すのも、基本的にはこのベアー・ウォッチングと同じだ。野生動物と出会えたときの感動は、簡単には忘れることのできないほど深く心に残る。その行程に多少の疑問があっても、「そうでもしなければ出会えない」のだから仕方がないとも言える。だが、それは本当の出会いなのだろうか? 私たちは今、お金と時間さえあれば、どんな野生動物に会うこともほぼ可能だ。しかし、そんな状況だからこそ、もう一度エコツアーの本質を考えてみる必要がありそうだ。(取材 2005年8月24日) 鹿やムースなどもしばしば姿を現した |