250年前の大噴火を物語る溶岩の原野

2000年5月11日、ニスカ・ネーションの人々は、カナダ連邦政府及びブリティッシュ・コロンビア(BC)州との間に協定を結び、自治領と自治政府運営の権利を勝ち取った。彼らの住むナス渓谷の中央部には溶岩に覆われた広大な原野が広がっている。協定の成立以来この溶岩地帯は、州政府とファースト・ネーション(先住民)の共同運営によるカナダ初の公園となった。




カナダの西海岸は環太平洋地震帯の中に入っており、温泉も所々に湧き出している。しかし大規模な火山活動は18世紀の半ば以来起きていない。その近年最後の火山活動の跡がナス川に沿った溶岩地帯なのだ。
 ニスカの人々は、少なくとも1万年以上前からこのナス川流域に住み始めたと推定されている。氷河から流れ出した澄んだ水を湛えた川には、毎年大量の鮭が遡上してくる。この鮭がニスカの人々の暮らしの基盤だ。また、河口付近ではウーリカンと呼ばれるワカサギの一種の小さな魚もたくさんとれる。ウーリカンはロウソク魚という別名があるほど油分が多く、食料油として内陸の部族との交易にも使われていた。温帯雨林の深い森には、杉の巨木が立ち並び、その樹皮は屋根を葺いたり、衣服の材料にもなった。春から夏にかけては潅木にぎっしりとベリー類がなる。この豊かな自然に恵まれて、ニスカの人々はカヌーやトーテムポールなど、杉を使った優れた工芸品の文化を育んでいた。
 しかし、17世紀中ごろ、現在のクレーター・クリークの東側の山が突然噴煙を上げ始めた。偵察に派遣された青年は、話す気力もないほど怯えて村へもどり、「魔物が火を噴きながら追いかけてきた」と繰り返すばかりだったという。それからまもなく、山は膨大な溶岩を噴出し始め、火山活動を見たこともなかった人々は逃げ惑うばかりだった。
 溶岩が湖を堰き止め、川の流れを変え、森を飲み込んで通り過ぎたあと、ニスカの人々の人口は半分に減ってしまっていた。およそ2000人が犠牲になったと推定されている。



ベター滝の下流5キロで川は溶岩の中に隠れてしまう


公園の案内所はニスカの伝統的なロングハウスを模している



この噴火について、ニスカの人々はこんな話を伝えている。ある村の少年達が背中の曲がった鮭を捕まえた。日ごろ長老から「あらゆる生き物の命は聖なるもの。大切にしなくてはいけない。」と教えられていたにもかかわらず、少年達はその鮭の背中を切り裂き、石や小枝を詰めていじめたという。噴火が起こったのはその直後のことだった。
 二スカの人々にとって噴火は「偉大な魂」からの警告だった。以来、この人々は自分たちを取り巻く自然をことさら大切に護ってきた。20世紀初頭からねばり強く続けられた自治権の獲得運動も、彼らの自然保護の姿勢と無関係ではない。1980年代、森林の伐採方法や適切な植林方法について、ニスカの人々の考えとBC州政府の営林行政は鋭く対立していた。森の木々は商品ではなく、聖なる命の宿るものだ。森林の保護と再生は樹木だけの問題ではなく、ニスカ・ネーションの全体のエコシステムの基盤。森林破壊は、水系の破壊に繋がり、鮭の繁殖にも大きな影響がある。鮭を暮らしの基礎とするニスカの人々にとっても、野生動物にとっても、まさに森は生命線だった。ニスカの人々は、大自然が与えた「聖なる掟」を破ることが、どのような結果をもたらすか、目の前に広がる溶岩の原野から繰り返し学んでいたのだ。


溶岩の間に作られた遊歩道


溶岩の間には美しい花も咲いている
 

噴火から250年、溶岩に覆われた大地は一見荒涼としているが、近寄ってみると豊かな生命の営みが続いているのがわかる。溶岩の上には、地衣類が非常にゆっくりではあるが着実に広がっている。岩の裂け目を覗き込むと、まるでレースで作ったような美しい花が太陽に向かって咲いていた。
 ナス川を取り囲むたおやかな山々から流れ出る雪解け水は、溶岩の間を流れ、豊かなミネラル分を取り込んで澄んだ冷たい水となる。ところどころで溶岩の中に水が流れ込んで隠れ川になってしまったり、小さな滝に変わるのもおもしろい。
 溶岩層は不安定で、陥没の危険もあるし、地衣類を保護する意味もあって、公園内は遊歩道以外には歩いてはいけないことになっている。噴火口跡へ行くには、資格を得たガイドの案内するツアーに入る必要がある。一周3時間ほどで、高低さはあまりないが、やや歩きにくいので要注意。ニスカの伝説や文化を学びながら散策できるルートや滝へ通じる短い散策路もある。
 春から初夏にかけてはベリー類や野草を求めて、道路わきに黒熊が姿を現すことがある。また鮭の遡上が始まると、黒熊やグリズリーが川辺にやってくる。白頭ワシも高い木の上から鮭を狙っている。公園へは車でしかアクセスできないが、できれば四輪駆動をレンタルしたい。

●アクセス
カナダ、バンクーバーからHawkair航空などでTerraceまで行き、車で約1時間半。
公園に関する情報はこちら
http://wlapwww.gov.bc.ca/bcparks/
explore/parkpgs/nisgaa.htm



ニスカの人々が自治権を獲得する推進力になった深い森