とても静かな夜を想像してもらいたい。  
      僕たちはそこにいた。  
      4月のタイガ。おそらく氷点下。 
      虫の声すら聞こえない丘の向こうから白く光るような月が昇り、  
      青臭さを含んだ夜の風が森の木々を揺らせている。  
      ただ、木々は白樺、葉の擦れる音はしない。  
      ヒユーヒユー、それは木枯らしの吹く笛の音にも近い。 
      僕たちは待っていた。さっきもうからずっと。 
      ハルヒの酔いに身をまかせながら、それでも 
      しんしんと攻め立てる大地からの冷却に耐えながら。 
      狼だろうか、一瞬こちらのライトに目が光る。 
      追い詰める。僕たちの手にはカラシニコフが握られている。 
      それはカモシカだった。カモシカの目が金色に光った。  
      相棒のチンバがトリガーを引き、 
      殺傷力の強いカラシニコフの弾丸が 
      一瞬にしてカモシカを倒したかに見えた。 
      距離にすると80メートルはあろう。 
      近寄ってみる。  
      カモシカは倒れながらもこちらをじっと見て、  
      金色の瞳で何かを訴えかける。何を? 
      そして立ちあがり、またかけだそうとする。 
      だが足元はおぼつかない。目と目が合う。 
      命のやりとりの瞬間。ためらいがないわけではない。  
      カラシニコフがふたたび火を吹き、  
      銃声が森の静寂を引き裂き、  
      カモシカは目を宙に浮かばせぐったりと大地に倒れた。 
      僕たちは白い息を吐きながら、彼を抱き上げ、  
胸にナイフを突き立て一気に心臓を裂く。  
血を大地にこぼさないよう、その恵みに静かに頭を垂れ、 
真剣にゆっくりとそれを飲む。 
さっきまでアルヒが入っていたコップに血が満たされ、男たちが回し飲み。 
月の光に照らされた鮮血は濃厚なワインのような色合いだ。  
生暖かくメタリックでほのかに甘い。芳しき森の命の香り。 
ロシアの国境に近い、モンゴルはボルガン県の森の中。 
夜が明けるにはまだ遠い。  |