編集部|
生命科学、そして生命誌の道を歩まれることになったきっかけをお聞かせください。
中村|
この分野に興味を持ったのは、高校時代の化学の先生の影響です。とても素敵な方で、彼女のような女性になりたいと、化学を選択しました。その後、大学、大学院へと進み、ここでも素晴らしい恩師との出会いがあり、ご指導をいただきました。
ただ、何よりも幸運だったのは、生命科学研究が一挙に進むタイミング、そのDNA解明の最前線に、私自身が当事者として立ち会うことができたことでした。
ゲノム解析、それはDNAを内包した細胞によって全ての生きものは成立し、生きものとして唯一無二の存在として特定されると同時に、他の全ての生きものとも繋がっている「生命誌」という新しい知見に繋がる学問へと私を導いてくれたのです。
編集部|
全ての生きものが繋がりを持ち、生命の歴史を紡ぎ出しているゲノム解析をベースにする生命誌研究。近年、人間としての生き方として、狩猟採集の縄文人の暮らしに再評価が高まっています。縄文人のどんな生き方がこれほどまでに注目を集めているのでしょう?
中村|
ホモ・サピエンスとして人間が認知革命という独自の革命を起こした後も、人類は基本的に他の生きものたちとの連続性が大きい狩猟採集生活をしていました。よって、人間社会の始まりとも言えるこの時代を研究することは、私たちが本来、どのような暮らしを望んでいたかも知ることができる時代なのです。
縄文時代の研究は現在、人類学、脳科学、心理学など、分野を縦断し、包括的に進んでいます。これらの分析や研究から縄文人を査定すると、彼らは基本的には私たち現代人と同じ基本構造を持っていたことが解明されています。
現代のように利便性を重視した都市生活と異なり、複雑かつさまざまな危険と隣り合わせの自然界で生き抜くことが求められる縄文人の日常、そうした状況において縄文人は現代人よりはるかに優れた環境適応能力と智慧を持っていたことが立証されています。
編集部|
つまり、現代人は自然適応能力や、他の生きものと共生する知見や能力において、彼らより劣っているということでしょうか?
中村|
生きものとして縄文人と現代人を比較した時は、細胞の働きも脳の構造も基本的にほぼ同じ、差異はありません。ただ、自然への対応という点では明らかに縄文人の方が優れているとしか言いようがありません。
生き物としての私たちの出発点は森でした。森を出ることが科学技術で問題解決をする機械型の文明社会への道へと繋がることになるのです。
私たちは現在、より高い効率とより良い機能を持つ新しいモノに選び、古いモノを捨てていく“機械型”の考え方をしています。
地球が直面する複合的な問題を根本的に改善、解決に向かわせるには、私たちの考え方そのものを“生きもの型”にすることが求められます。
採集狩猟生活では、採集した木の実や狩での獲物を運んでいる時から、共に食事をする「共食」の時間が楽しみになる暮らしの積み重ねがあったはずです。ここには私たち人間の持つ能力の一つである「共感」も育まれてきたでしょう。
縄文人は自然界と自分たちの世界が密接に繋がっているいることを受け容れ、生きていました。自然から得られる恵みに感謝し、その循環や摂理を理屈ではなく、自然の動きとして捉え、それと共に生きていく智慧を持っていたのです。
今、彼らの暮らしを研究することは、文明の大きな過渡期を迎えている私たちに大切な気づきや貴重な学びをもたらしてくれるはずです。