編集部|
地球は今、異常ともいえる猛暑に見舞われ、ウクライナとロシア、パレスチナとイスラエルなど、世界各地での戦争や紛争など、さまざまな難問、課題を抱えています。
どれから手をつければいいのか分からないような混沌とした状況ですが、これを打開するには、どのように考えればいいのでしょうか?
中村|
38億年前に、地球に全ての原点となった最初の生命体が生まれました。
以来、私たち生きものは、長い時間をかけて分離、進化し、多様化してきました。
人間を含む全ての“生きもの”が共通の祖先をもつ仲間です。
人間は地球に住む“生きもの”のひとつなのです。だから今こそ、“生きもの”として考える。ひたすらシンプルに。ここを起点して考えれば、“生きものである、私たち”がするべきことは自ずと見えてくるのです。
私が永く携わってきた生命誌は、生きものの基本であるDNAをゲノムという総体として捉えることで「生命とは何か?」という生命の歴史と、その関係性を解き明かす学問です。
英語では“Biohistory”、Bio(生物)のHistory(歴史)を探求し、それを誌し、見ていくことで壮大な生命の歴史、物語を紐解いていきます。
私たち人間は、他の全ての生物と38億年の歴史を分かち合い、その関係性の中で互いに支え合って生きてきました。人間は生命誌において別格ではありません。ですから、現在の地球が抱えるさまざまな課題を解決するには、まず私たち自身を“生きもの”の一つとして捉え、それを弁えて、真摯に考えるのが最も素直な答えだと思うのです。
編集部|
“生きもの”として考える、複雑に絡み合った課題解決にあたって、まさに原点回帰。シンプルな視座ですね。
開戦から既に2年半を迎えるウクライナとロシアの戦争、その終結への道筋が見えない現在、中村さんが毎日新聞の書評(2020/8/8)で、取り上げていらしたエーリヒ・ケストナーの『動物会議』、私も久々に再読したのですが、今こそ「未来を生きる子どもたちのために、なんとかしなくちゃ!」としみじみ思いました。
中村|
ケストナー(ドイツの詩人・作家1899-1974 )は第二次世界対戦中、アインシュタインはじめ、多くの科学者や芸術家がドイツを離れ、西側諸国に亡命する中、首都ベルリンに踏み留まり、自分の作品が焼かれるのも目撃した作家です。そして、戦争が終わるや否や、子供たちのために2冊の本、『動物会議』と『ふたりのロッテ』を書き上げます。ここには、戦禍で暮らす全ての子どもたちに贈った大切なメッセージが込められています。
『動物会議』は、北アフリカに、象、ライオン、キリンの呼びかけで世界中の動物たちが集結し、「子どもたちのため」に永久平和を決議させるというストーリー。『ふたりのロッテ』は、離婚した両親に別々に育てられた双子の少女が主人公なのですが、偶然出会った二人はこっそり入れ替わり、巧みに、楽しく振る舞うことで家族を再び、ひとつに導く過程が描かれています。
この2冊の本はいずれも、子どもたちに向けて幸福の本質とは何かが非常に分かりやすく語っています。
編集部|
戦争が終わり、ケストナーが最初の読者として向き合ったのは子どもたち。彼らの心を癒し、幸せが宿る場所である“日常の大切さ”を子どものみならず、多くの人々に知らせようとしたのでしょうね。
中村|
「戦争」の反対語に「平和」という言葉が上げられるのが常ですが、私は「日常」だと思います。概念でしかない「平和」ではなく、手触りと温かさのある「日常」であると。
当たり前の日々の暮らしで積み上げられてゆく小さな喜び、その連なりが豊かな人生となり、それが「幸せ」となって記憶に刻まれる、幸せが宿る場所は日常だと思います。
編集部|
もうすぐ終戦記念日を迎えますが、ご自身にとっての終戦のご記憶があれば、お聞かせいただけますか?
中村|
小学4年生の夏、私は終戦を迎えました。実は私は正午の玉音放送を聞いていません。
小さな時から自然が大好きだったので、戸外で遊んでいたのでしょう。
ただ、その日の夕食の食卓の情景は鮮明に脳裏に焼き付いています。
それまでずっと灯火管制で電灯に被せていた黒い布が取り払われ、照らし出された明るい食卓。慎ましい料理でしたが、共に食卓を囲み、一緒に食べ物を分かち合う幸せな時間。「共食」は多くの生物の中でも人間だけの食事のありようです。