食材ラボいのちを育てて

第一回『市場に出ることのない果物たち』



私は果物農家の栽培者、育種家(★1)、そして写真家でもあります。
第一回となる今回は、ブドウの選抜過程の中で、市場に出ることなく消えていく品種たちを記録した写真と共にご紹介します。

果物の育種では、まず異なる品種同士を掛け合わせて種子を作ります。
そして、それらを結実するまで育てたうえで、果実の味、熟期、外観、収量性、耐病性などを評価します。その結果、これらの特性を満たさないものは淘汰され、その選抜は繰り返されます。

一方で、特定の形質に突出した個体については、たとえ他の特性が劣っていても、次世代の交配親として利用されることもあります。例えば、耐病性や収量性に問題があるが、非常に早熟な個体などです。

ここにご紹介するシリーズは、選抜過程において淘汰された育種の個体と、次世代の交配親として残されることになった個体を記録したものです。
つまり、これらの個体は市場に出ることはなく、みなさまの目に触れることはないのです。







この葡萄の肖像も、淘汰された品種のひとつです。
皮も薄く、非常に美味しいという特徴を持っていましたが、裂果が激しく栽培に適さないため、最終的に選抜から外されました。ただし、その裂果した姿に、“いのち”としての独自の美しさを感じ、写真作品としました。
















その一方、市場に出たものの主流から外れていった品種も存在します。
その代表例がセイベル9110(★2)です。

セイベル9110は、フランスの育種家アルベール・セイベルによって作出されたブドウ品種です。
ヨーロッパでは当時、フィロキセラやベト病などの深刻な病害が多発し、安定栽培ができる品種が強く求められていました。
ヨーロッパ系ブドウとしての高品質な風味を保ち、かつ病害に強い品種開発が継続して進められたのです。
ヨーロッパ系ブドウとアメリカ系ブドウを交配させることで誕生したセイベル9110は、耐病性と環境適応性を高く、病気に強く収穫が安定し、冷涼地でも栽培しやすいという特徴を持つ品種となりました。

日本では食用品種としても利用され、「ホワイトアーリー」や「ベルデレット」といった名称で流通した例もあります。しかしその後、ヨーロッパでは純粋なヴィニフェラ系品種を重視する傾向が強まり、セイベル系統は次第に主流から外れていきました。

それでもセイベル9110は、現在でも耐病性育種や寒冷地適応のための重要な育種素材として扱われています。つまりこの品種は、完成された最終品種というよりも、次世代へ特性を受け渡すめの遺伝資源として価値を持ち続けているのです。






★1 育種家
長年の経験や独自の感性を活かし、植物や動物の品種改良を行い、既存の品種に新しい特性(色・香り・病気への強さ・育て易さ)などを与え、新たな品種を創出する専門家。

★2 セイベル9110(Seibel 9110)
別名: ヴェルデレー(Villardey)
フランスのアルベール・セイベル氏が交配した白ブドウ品種で、主に日本(長野県や北海道など)で栽培される耐寒性の高い品種。爽やかな青リンゴや洋ナシの香りと、酸味と旨味のバランスが良いスッキリとした中口~辛口の白ワインとなる。