編集部|
好奇心を持ち、常に知らないことに出会える喜びを感じる人生を送るためのアドヴァイスをいただけますか?
松浦|
僕はいくつになっても人間は成長できると考えています。恐れることなく、新しいことに挑戦する。成功することより、ささやかでも自分自身の成長を感じられる日々を送ることを目標にすれば、必要のないプレッシャーやストレスを回避することができるはず。自分自身を楽しませる技を身につけると、眼にする景色は大きく変わるものです。感受性が豊かになると、以前とは違う視線からの風景が現れます。
編集部|
松浦さんはアートや写真がお好きとのことですが、アーティストとの記憶に残るような思い出はおありですか?
松浦|
18歳の僕が初めて踏んだアメリカの地、サンフランシスコに行った時から、アートブックや写真集を扱う個性的な本屋さんの持つ独特の雰囲気に魅了されていました。本を通して多くのアーティストや写真家の仕事を知ることになったのですが、ある写真家に僕は大きな影響を受けました。彼の名前はロバート・フランク(*)。彼の展覧会『Moving Out』が、世界巡回の一環として横浜美術館(会期:1995年2月11日〜4月9日)で開催されることになり、オープニングに合わせて彼が来日するということを聞き、僕は毎日、フランクさんに会うために美術館のある横浜に通いました。
(*)ロバート・フランク Robert FRANK (1924 - 2019)
1924年、スイス、チューリッヒ生まれ。1947年、23歳で米、ニューヨークに移住。『ハーパーズ・バザー』などの雑誌のファッション写真で生計を立てる一方、南米やヨーロッパへの撮影旅行を重ねる。1955〜56年、グッゲンハイム財団の奨励金を得て、約9ヶ月間米国内を車で旅し、28,000枚を撮影。その中から選んだ83枚で、1958年フランスにて写真集『Les Americains』を、翌年アメリカ版『The Americans』を出版。この写真集はその後に続く多くの写真家に多大な影響を与えた。生前に全作品をワシントンのナショナルギャラリーに寄贈を表明。永久コレクションとして同館に保存される。
編集部|
追っかけ状態ですね!
松浦|
まさにその状況です。
毎朝、美術館に歩いてやってくる彼を待ち、彼と話すチャンスを狙いました。
編集部|
彼は松浦さんにどんな風に接したのですか?
松浦|
あくまでもフラットで、僕だけでなく誰とでも気さくに応じていました。
20世紀を代表する伝説の写真家という称号すら持つフランクさん。ご本人にとっては世間の評価などどうでも良いことで、常に穏やかに横浜での時間を過ごされていました。
編集部|
最も印象に残ったことがあればお聞かせください。
松浦|
「“今日、写真で語れなかったこと”を明日はそれを追求したい」という言葉です。
自分に満足することなく、常にその先に向かって、瑞々しい好奇心と感受性を持って、自分に正直に生きてきた人であることが、その言葉には凝縮されていました。
豊かな感受性、他人の痛みを感じる心、ささやかな日常や身の回りの生活の断片の中に現れる真実を一貫して追求すると同時に、現代社会の繁栄という神話に真摯に異議申し立てを続けてきたフランクさん。その感受性は彼ゆえのものです。
もちろん、鍛錬や学習によってもある程度は向上するでしょうが、持って生まれた天性は全く別次元のギフト(才能)です。
フランクさんの人を包み込む温かな人間力と本物を見抜く鋭い眼差しは、今も僕の脳裏に焼き付いています。
美術館が用意してくれた豪華ホテルから逃げ出してきたと、笑いながら話してくれたフランクさん。その言葉に、彼の写真が語りかけるメッセージと同じものを見た思いがしました。