吉田|
まずは畑をご案内します。ただ、まだこんな状況なので、野菜はビニールハウスの中での栽培だけです。種子を蒔いて、芽が出たら畝に移し、栽培するのですが、この季節は森の食べ物が不足しているので、せっかくの新芽を夜の間に野ネズミたちにすっかり食べられてしまうこともあります。対策は立てますが、自然を人間が思い通りにコントロールすることなど出来っこありませんし、日々の現実を受け入れ、学びながら野菜作りをしています。
編集部|
料理に使う素材をつくりたいという願望は、当初からお持ちだったのですか?
吉田|
いいえ、そんなことは考えていませんでした。ただ、この店を持つきっかけとなった土地の購入理由は、ここが“札幌黄タマネギ”の畑だったこと。地主さんが後継者問題で、土地を手放すということを伺い、それなら畑ごと引き継ぎ、レストランを始めようということをオーナーと共に決めました。
編集部|
美味しいことで有名な“札幌黄タマネギ”、食通の間ではファンが多いようですが、病気にも弱く、栽培が難しい上に日持ちもしない“幻のタマネギ”と聞きます。
吉田|
ハイ、ただ肉厚で柔らかく、加熱するとぐっと甘みを増して、とても美味しいんです。
美味しい札幌黄タマネギの栽培も引き継ぎ、新しい店ではそれをお客様にお出ししようということになりました。
編集部|
そもそも、吉田さんが料理人になろうと思ったきっかけを伺えますか?
吉田|
私は英語が大好きだったので、英語を生かす仕事がしたいと思い、京都の大学卒業後、アメリカのカリフォルニアに留学しました。ただ、現地で生活するうちに、英語が出来るだけではやっていけないことを痛感するようになりました。そんな時、授業で体験した飲食業での研修で、次第に料理に興味を持つようになりました。料理人になることを明確に意識し、目指すようになったのはアメリカ留学を終えて、日本に帰ってからです。
編集部|
留学先のカリフォルニアは「ファーム・トゥ・テーブル (Farm to Table)」のメッカですが、その運動を現地で体験し、インスパイアされたというより、札幌黄タマネギ畑との出会いが、日本の農業の未来の在りようを示唆する「AGRISCAPE」をスタートさせる直接要因になったのですね?
吉田|
今になってみれば、カリフォルニアにいた頃、あのムーブメントをもっとフォローしておけば良かったとは思います。ただ、今こうして、野菜作りや鶏や羊や山羊、それに黒豚を飼育するようになって、多くの方々が私に惜しげなく貴重なアドヴァイスを下さり、支えて下さっていることは、北海道ならでは地産地消のヴィジョンの上に成立した「ファーム・トゥ・テーブル (Farm to Table)」の素晴らしい連携だと思います。
東京や札幌で働いていた時、私は毎朝、厨房に届けられる材料で料理を作ることを心から楽しいと思っていましたし、不満などありませんでした。ただ、現在、こうして野菜を栽培し、動物たちを育てることで日々、学ぶことはまさに無限大!5年前にこの店を開くまで、私は食材について何も知らなかったことを痛感させられる日々です。
野菜の種の種類や形、栽培方法、生育のプロセス、それぞれに合った細かな手入れ、収穫のポイント。鶏や羊、豚たちのそれぞれの餌の配合、彼らの折々の反応、卵を産むサイクルや搾乳のコツ、何もかも新鮮で驚かされることの連続です。
生命を生み出し、育て、そのありがたい生命をいただくことへの責任の重さ。毎朝ハウスを回り、動物たちの顔を見る度に、本当に生命の循環のありがたさを感じます。