太古の激しい火山活動により、流動性の溶岩に厚く覆われたエチオピア高原は極めて平坦な地形である。そこにモンスーンがもたらす激しい雨が降ることで、無数の険しい谷が刻まれた。青ナイルが底を流れるナイル・ゴージでは、高原と谷底の高低差は1,000メートルに及び、その両岸では民族も言語も異なるという現象が見られる。実際、エチオピアほど多様な民族構成の国は滅多にない。グレート・リフト・バレー(アフリカ大地溝帯)の巨大な地殻変動によって形成された複雑な地形の中に、セム系、クシ系、ナイロート系などの80もの異なる言語を話す人々が住み、その生活圏は標高3,500メートルの極限高地から海面下120メートルの酷暑の砂漠にまで及ぶ。セム系の民族は、紅海対岸のイエメンとの交流の歴史の過程で進んだ混血と移住によるものと考えられる。
エチオピアの宗教分布を大まか分類すると、北部から中部高原地帯はセム系のキリスト教圏、東部から南部の低地乾燥地帯はクシ系のイスラム教徒たちのテリトリーとなる。周囲をイスラム文化圏に囲まれている中、高原台地では古代ユダヤ教直系のキリスト教文化が脈々と継承されてきた。現在、両者の人口比はおおよそ半々。アディスアベバ等の都市では両者は混在しながらも、何百年にもわたり共存してきた。
近年、ますます混迷を深めるアフリカにあって、エチオピアでは、宗教対立による深刻な抗争はほどんど起きていないが、一方で民族同士の激しい抗争と和解が長い歴史を刻んできた。