『アンデス Andes』
ecogallery Vol.2 2023 Autumn

  • インカ文明が栄えたアンデス・クスコ周辺は、標高3000メートルを越える高地にもかかわらず、南緯13度付近という低緯度にあるために陽光に恵まれ、アマゾンの熱帯雨林からもたらされる十分な雨と温暖な気候により、もっとも恵まれた気候帯となっている。一方、アマゾンから離れ太平洋側の低地に向かうと、アンデス山脈から流れ降った河川流域を除けば、不毛な砂漠地帯となる。
    アンデス文明は、最後となったインカ文明まで約3000年の歴史を持つが、地球上で、これほどの高地で栄えた農業主体の文明は他に例がない。さらに特記すべきは一貫して文字という伝達手段を持たなかったことである。
    ペルーとボリビアは、アンデスのなかでも先住民文化が最も濃密に受け継がれてきたエリアである。コロンブスによる新大陸発見から41年後、スペイン人征服者によってインカ帝国が滅ぼされたのが1533年。スペイン人はインカ信仰の中心であった神殿をことごとく破壊し、その跡地にカトリック聖堂を建造して先住民にキリスト教信仰を迫った。しかし、先住民たちは、太陽や月、巨石といった伝統的な自然神への信仰を捨てきれず、圧倒的な武力をもってしても先住民の心を征服することは容易ではなかった。
    そこでスペイン人司祭たちは、先住民の伝統的な聖域にイエス・キリストの化身が顕れたとする奇蹟譚を脚色する。そのような話が定着することで二つの宗教は習合して、アンデス特有のキリスト教として発展し、熱烈な巡礼が受け継がれてきた。伝説に由来する巡礼「コイユリーテ」が始まったとされるのは1783年、アンデスの厳冬期に催されるこの巡礼は、世界で最も高い山で行われる祝祭でもある。

  • アウサンガテ山 神々が宿る峰として古くから崇められてきたペルー第三の高峰、標高6,394メートル
    ペルー | 2003
  • 笛を吹くケロの村人。アンデス最奥地に暮らすケロの人々は、インカ時代さながらの自給自足生活を続けていた。
    ケロ ペルー|2003
  • アルパカの放牧。家畜化されたラクダ科の動物は2種。リャマは食肉用に、アルパカからは上質の毛を採取する。
    ペルー|2003
  • ケロの村ではインカ時代の風習が脈々と受け継がれていた。共同の農作業の後に休憩する男たち。
    ケロ ペルー|2003
  • 標高4.000メートル、ボリビア南西部アルティプラノに暮らす家族。農作物は育たず、リャマの放牧で生計を立てる。
    ボリビア|2011
  • インカの聖域であった山岳の岩場に、キリストの化身である少年が顕れたとの伝説により、コイユリーテ巡礼が始まった。
    *右側の建物(教会)の中に件の岩がある。
    ペルー|2004
  • 一年ぶりにセニュール・デ・コイユリーテ(キリスト像)と再会し、感極まった祈る女性。
    ペルー|2004年
  • 「涙する女性、その横顔」

    なんと美しい涙だろう…。
    小さな真珠のような涙が今にも目頭から落ちようとしている。彼女を包み込むロウソクの優しい光、周囲には人の気配があるものの、満たされた静けさがあたりを支配していることが見て取れる。
    今、彼女の視線の先にあるのは、再会を待ち望んだキリスト像。あの日以来、彼女の日々を支えてきた信仰と主への感謝はその瞬間、美しい涙となってこぼれ落ちようとしている…。
    言葉にならない感情、そして言葉にしないことを掟としてきたアンデス文明。世界が21世紀に突入した今もなお、この地を守り、自然界と人間界を繋ぐ神と共に生き続けることを選んでいる。

    キュレーター 太田菜穂子

  • 聖なる鳥、コンドルの衣装を着けた巡礼の青年たち
    ペルー| 2004
  • キリストの化身が現れたと伝えられる聖なる岩に祈りを捧げる巡礼者たち。
    ペルー|2004
  • 聖月曜日の行進。黒いキリスト像はセニョール・デ・ロス・テンブローレス(地震の神様)と呼ばれるクスコの守護神。
    ペルー|2003
  • コイユリーテの巡礼で、標高5000メートルの氷河に十字架を立てるために登ってゆく、ウクク(熊)と呼ばれる男たち。
    ペルー|2004
  • 氷上に立てた十字架に祈りを捧げるウククたち。クスコの東方に聳えるシナハラ山群にて。
    ペルー|2004