「東京湾は最近、綺麗になったんじゃない?」数年前から私にそう語りかける人が多くなった。確かに沿岸域や洋上でゴミ類を見かけることは少なくなった。初めてお台場に潜った1976年は、岸辺に打ち寄せられた木材やポリ容器などをかき分けながら潜った。それと比較すれば、はるかに東京湾は綺麗になったように見える。
だが、「本当にそうだろうか?」長年にわたって、水中撮影を定点的に行ってきた私の実体験から言わせてもらうと、残念ながら「ノー」である。海の中からじわじわと東京湾の汚染が進んでいることを実感している。
これまでの度重なる埋め立てにより、東京湾は環境保全に欠かせない貴重な干潟や藻場を消失してきた。ライバルの少ない干潟や藻場は江戸前の海洋生物たちの産卵場であり、稚魚たちの成長を見守るゆりかごである。しかし、これらの“場”が失われたことで、砂地や藻場を棲家とする魚類一般、カレイ、キス、コチ、コウイカなどが激減している。
東京、千葉、神奈川という大都市に囲まれる東京湾、その湾岸域の人口は近年、急増している。この人口増加に伴い、河川を通じて湾内に流入する家庭からの雑排水も増え続け、東京湾は富栄養化の海と化してしまった。それにより赤潮が度々発生するようになった。
富栄養化の海になると、太陽の光を浴びた多くのプランクトンが増殖し赤潮が発生する。それらをえらに詰まらせ、魚が死に至たるばかりか、大量のプランクトンの呼吸により、海中が酸素不足となることで、魚介類の大量死が誘発されることもある。
開発ラッシュで生息域を追われ、あるいはコンクリートの下敷きになった江戸前生物も数多い。かろうじて逃げ延びても赤潮、青潮に見舞われ命を落とす。それでも江戸前生物たちは劣悪な環境下で懸命に生を繋いでいる。誇り高きその姿をたくましいと言うべきか、すさまじいと言うべきか…。
水中写真家 中村征夫