『WONDER / ONENESS』
ecogallery Vol.2 2025 Autumn

  • 遠くのあなたを、想像の指で触れる
    “I imagine touching you from afar with my fingers.”


    キナバルの旅では、自転車に乗って森のなかの小さな村を訪ね歩いた。
    荒れた砂利道の 先で現れた集落はいずれも、時代の変化を受容しながらも自然と共に穏やかな暮らしを
    営 んでいるように見えた。そうした時間のなかで出会ったのが、ニーモという名の16歳にな る少年だった。
    彼は家の前に置かれたベンチに座って古いギターを爪弾いていた。
    「学校 が終わったら、毎日、ここで練習しているんだ。まだ、そんなに上手くないんだけど」と、
    はにかみながら語るニーモの将来の夢はギタリストだった。 僕は、恥ずかしがるニーモに無理を言い、
    雨上がりの道の真ん中まで出てきてもらっ た。ニーモはカメラの前で手持ち無沙汰に思ったのだろうか。
    控え目に弦を鳴らすと、大 きく声変わりする前の澄んだ声で僕の知らない歌を歌った。
    今、彼のことを思い起しながら不思議な心持ちになっている。 ボルネオ島に暮らすニーモという少年が、
    ギタリストになるという夢を叶える日がやって 来るようにと、本気で願っているからだ。
    そして、この願いは、旅が終わった僕のなかに 生まれた小さな希望と呼べるものだ。
    もしかしたら、旅をして写真を撮る意味は、この少しくすぐったいような感情を得るた めかもしれない。
    遠くのあなたが大切なものを育みながら毎日を生きている。その日々の 尊さを知り、あなたの営みが未来まで
    続いていくことを想像するために、遠い世界に向 かって少しだけ指先を伸ばす。
    僕のカメラはそうした役割を担ってくれているように思え てならない。 カメラが運んできてくれた、
    遠いあなたへの想像に身をゆだねると、僕はいつの間にか温 かな感情に包み込まれている。

    奥山淳志

  • SNSという通信手段は私たちの日常をその利便性とスピード感で見事に繋ぎ合わせたように見える。
    だが、本当にそうだろうか?
    まさに洪水のように世界各地から届く映像はあっという間に消費され、忘れ去られていく。
    かつて、一枚の写真を穴が開くほど眺め、そこに映し出された世界の姿に
    心を奪われ、涙を流し、憤り、微笑んだ私たち、
    そんな感覚が蘇ってくる奥山淳志の写真からはボルネオの風と光が伝わってくる。

    優しく人々に声をかけ、彼らの話に耳を傾け、ゆっくりとフィルムカメラのシャッターを切る。
    写真家という仕事の原点とは、目の前の世界の姿に感動し、心を通わせ、
    二度の出逢うことのない「今」を共に過ごす“あなた”と分かち合うことではないだろうか?

    太田菜穂子 キュレーター



    Social media seems to seamlessly connect our daily lives with its convenience and immediacy.
    But is that truly the case?
    Images flooding in from around the world are consumed in an instant and forgotten just as quickly.
    Once, we would gaze at a single photograph until it wore a hole, captivated by the world it revealed,
    shedding tears, feeling anger, or smiling.
    OKUYAMA Atsushi's photographs revive that sensation, conveying the wind and light of Borneo.

    He gently speaks to the people, listens to their stories, and slowly presses the shutter of his film camera.
    Is the essence of a photographer's work to be moved by the world before them, to connect heart to heart,
    and to share that “now” - a moment that will never be encountered twice - with “you”?

    Naoko OHTA Curator