食材ラボ

 

2024年夏号茶の味

ナビゲーター | 今泉勝仁

茶人

1988年愛知県生まれ。
「茶と」、「Through the tea」主宰。
「櫻井焙茶研究所」、「OGATA Paris」を経て2024年より独立。
フランス・パリを拠点に国内外で茶、日本文化の普及に努める。

第二回『所作』



想いを馳せる──
目の前にあるものに対して、どれだけの想像力を働かせられるか。
そのものの気持ちに、そのものを生み出したものの気持ちに、いかになれるか。
そしてその想像はきっと、触れる際に、行動となって現れる。

このお茶はどこから来たのか
どのような環境で育ったのか
周りには海があったのか、川があったのか
どのような虫や蝶や動物と触れ合ったのか
どのような人に育てられたのか
どういった想いで作られたのか
生まれてからどのように年を重ねてきたのか

お茶に限らず、茶杯、急須、茶杓、茶巾、周りのすべてのもの、
そして対峙する相手や自分自身にも同じことが言える。

作り手の顔が見えれば、作り手のことを想い、
古いものであれば、その重ねてきた時間を。
それぞれの一生を想うと、愛おしさが増す。

時間が経って美しく変わっていく様を愛でるのは、道具に限らない。
同じ場所で繰り返し、一日何百回と同じ動作をする。
それを二年三年、十年二十年と繰り返す。
反復をすることによって、身体に馴染んだその動き、
手の形や足の運びもまた、自然と重ねてきた時間を想わせるものである。

あなたを想っています、という心をいかに伝えるか。
人はそれを歌で、音で、書で、絵で、身体で──、様々な形で表現する。
言葉でそのままに表現するのはとても素直な方法だけれど、
言葉を発さずにものが伝わったときに、深度のある感覚を共有できる喜びを互いに得られる。

欧米では自分の意見は言葉にしてしっかりと主張をするべきだとよく言われる。
日々の生活をする中で、自身を強く保たないと身を守れないと感じることもままある。
そんな社会の中でも、大勢集まった外国人がお茶の一滴の落ちる音に耳を傾け、
それまで大きな声で語らいあっていた皆が、スッと静かに心を傾ける瞬間に立ち会えたとき、
言葉を介さずともしっかりと手を取り合えたと感じられた。

 何にても置き付けかへる手離れは恋しき人にわかるると知れ
 千利休


茶道具から手を離すときは、恋しい人と別れるときのような余韻を持たせよ、
という意味の言葉。大切なのは、心を残すということ。
生まれたての生命に触れたとき、自分のものの触れ方にもまた変化があった。

これがいつ最後のお茶になるか分からない。
このお茶を通して、少しでも世界が優しくなれたらいい。
そんな想いで今日もお茶を手渡す。