食材ラボ

 

2024年秋号茶の味

ナビゲーター | 今泉勝仁

茶人

1988年愛知県生まれ。
「茶と」、「Through the tea」主宰。
「櫻井焙茶研究所」、「OGATA Paris」を経て2024年より独立。
フランス・パリを拠点に国内外で茶、日本文化の普及に努める。

第三回『香』



休みの日。
ゆっくりと時間をかけて、茶器を芯までしっかりとあたため、茶葉を入れる。
茶葉に十分に熱が伝わった後、蓋を開けて香りを聞く。
お茶自体の味わいもそうだけど、この淹れる前のお茶の時間をとても大切にしている。

ある日、お店でお茶を淹れていると、どこからともなく幽玄な香りに誘われ、ふと意識がそちらに強く強く惹かれる時があった。
隣にある香りの空間から沈香の香りがしているのだと感じたが、後にそれは沈香の中でも最高の伽羅であったと知る。

香料研究家の山田憲太郎博士は沈香の香りを次のように表現している。
「木に非ず。空に非ず。火に非ず。何処より来たりて何処へ去るを知らず。香気寂然として鼻中に入る。神明に達し、祖霊を尊び、祥雲めぐる。幽玄な香気を感じ、仏教的影響と道方の現実的な匂いへの歓喜を備えるものと見なし、香料中の最高のものとした」

日常生活の中で様々な香りを嗅ぐことがあるが、ここまで深遠な感覚を思い起こさせてくれる香りはそうはない。
香りについてより一層引き込まれた瞬間だった。

沈丁花が咲き始める時の香りや、新緑の青々しさ、金木犀の香りのする夕暮れの帰り道、
椀物の蓋を開ける瞬間、干した布団から溢れる太陽の香りなど
様々な香りが好きで、いろいろな思いを起こしてくれることに嬉しさを感じていた。

沈香には、特に日本で冬から春にかけて咲く、山茶花、梅、桜の花の香気成分が含まれている。日本人の春を待つ心に通じるものが、この香りにはあるのだと。






関口涼子さんの著書『Sentir』 の一節に
“Le champagne, c’est un vin simple en profondeur. “とあった。深みのある木としてはお茶も香木も同じだと。
これまでに重ねた年月で生まれる郷愁とそもそも持って生まれた遺伝子と、
それらに対するこれからを。
世界にある様々な深遠な香りに触れて確かめていきたい。