食材ラボ「かつお節」カビで世界一堅い食品に!?

©︎ Kentaro KUMON / TOKYO-GA

病みつきになる香り

「ふと漂ってきたかつお出汁の香りに、なんとも言えない懐かしさを感じた」ーー。
そんな経験のある人も多いのではないでしょうか。

かつお出汁の香りで「朝、お母さんが台所でお味噌汁を作るシーン」を想起するのは日本人特有かもしれませんが、動物にとってもかつお出汁の香りには病やみつきになるような常習性がある、との研究結果が出されています。
斉藤司. かつおだしの嗜好性に寄与する香気成分の研究. 京都大学学術情報リポジトリ, 2015

まずは、ススキ目サバ科の回遊魚であるカツオが、このような香りをもつかつお節になるまでの過程を見ていきましょう。

カツオは水揚げ後、
「生切り(解体する)」→「籠立て(並べる)」→「煮熟(煮る)」→「骨抜き」→「焙乾(いぶす)」→「削り(形を整える)」→「あん蒸(冷ます)」→「カビ付け」→「日乾(天日で干す)」
と、たくさんの手順を経てかつお節に加工されます。

かつお節の種類は大きく分けると、荒節と枯れ節があり、「焙乾・あん蒸」まで経たものが荒節、そこから「カビ付け」して「日乾」したものが枯れ節、さらに「カビ付け」と「日乾」を繰り返し熟成させたものが本枯れ節です。

工程には熟練の手作業が欠かせず、荒節でも1-2か月、本枯れ節になるまでには、実に半年以上もの時間がかかります。

江戸時代には、すでに現代に近いものがあったというかつお節。なぜ私たち日本人は、ここまで手間隙のかかるかつお節を、和食になくてはならないものとして、500年近くも作り続けてきたのでしょうか?

初めに、香りの変化から着目してみると、荒節の香りは、主に「くん臭(燻製の香り)」、「肉質臭(加熱した魚肉の香り)」、「ロースト臭(加熱処理時に生じる香ばしい香り)」です。

これらの香りは、かつお節の風味を作り出すだけでなく、香りを生成している化合物や酸が、細菌の繁殖を抑えたり、魚の生臭さや渋みの元となる脂肪分の酸化を防止する役割を果たして、保存性を高める効果があります。

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発酵食品としての鰹節

次に、加工を荒節で終わらせず、枯れ節、本枯れ節まで進める理由を探っていきます。

かつお節に付着させるカビは、口にしても害のない麹カビの一種です。しかも、本枯れ節を作るには、せっかく付いた1番カビをわざわざ落とし、2番カビ、3番カビ、それ以上、と何度も「カビ付け」を繰り返します。

この「カビ付け」によるメリットは大きく3つあります。

ひとつ目は、脱水効果。カビは、自身が生育するために、荒節に30%ほど残されていた水分をさらに吸い取ります。本枯れ節になる頃には水分量は14%ほどに減少し、かつお節はもはやいかなるカビも寄せ付けない「世界一堅い食品」になっています。

2つ目は、香りとともに作られる旨味の生成です。カビがかつお節の水分を吸収し、菌糸を伸ばす過程で作られる酵素がタンパク質や脂質を分解し、旨味成分であるイノシン酸やアミノ酸を生み出します。

3つ目の効果は、保存性のさらなる向上です。カビは発酵中に油脂成分分解酵素を分泌し、脂肪分を分解することで、臭みや酸化による劣化を防ぎます。脂ののったカツオが原料なのにもかかわらず、かつお出汁から油が浮いてこないのは、このためです。

このようにカビの働きによって、かつお節はより有用性の高い発酵食品へと変貌していることがわかります。

ここで、かつお節の栄養成分を見てみましょう。

かつお節は良質なタンパク質のかたまりで、100g中77gがタンパク質です。骨や歯を作るリン、心臓や筋肉機能を調整するカリウムも魚類でも最高の部類。さらにビタミンB1、B2、胃腸管を正常に保ち、皮膚に働きかけるナイアシンも豊富です。昔の人たちが、かつお節を精力剤とみなしていたというのも頷けます。

また、かつお出汁の摂取で精神的疲労やストレスが軽減されるとの研究結果もあります。特に単純作業時の精神的疲労が減り、気分も改善するそうです。ただ、この効果が期待できるのはかつお出汁を継続摂取をしている場合であり、栄養ドリンクのような即効性はないため、やはり毎朝、かつお出汁の味噌汁を飲むことは、科学的にも理にかなった日本人の知恵と言えるでしょう。

かつお節は、カツオの身が1/6のサイズにまで凝縮する過程で、香り、旨味、保存性、栄養まで、格段に高められています。古来から、微生物を巧みに使いこなしてかつお節を発酵食品に仕立て上げた叡智に驚くとともに、手間暇いとわず作り続けられてきた理由に深く納得します。

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国際商材であるカツオ

和食の基本というイメージの強いかつお節ですが、原料のカツオは、広く太平洋、大西洋、インド洋まで回遊する高度回遊魚で、世界70カ国で陸揚げされています。1980年代までは日本の漁獲量が世界1位でしたが、近年は東・東南アジアを中心にカツオの漁獲量が急増。カツオを原料とするツナ缶が、安価なタンパク質源として発展途上国での需要が増大していることが理由です。国際商材となったカツオは、資源自体の減少が危惧されています。

こうした実態を受け、カツオは現在、世界5つの地域別の政府間組織「カツオ・マグロ類の地域漁業管理機関」によって保護、管理されています。しかしながら、参加国・地域はそれぞれ、沿岸国と漁業国、漁獲方法の違いなど、異なる立場を抱え、資源状態よりも利害調整が先に立ち、対策が遅れるといった問題も生じています。

世界の食糧確保や魚食文化の維持、そして私たち日本人が受け継いできて、いま広く世界に共有されている「和食」を守るために、たくさんの人が現状を知り、関心を持ち続けることで、課題解決の糸口が見つかるかもしれません。

【参考文献】
宮下章 著『鰹節』(法政大学出版局、2000)
中島春紫 著『日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出すー「旨さ」の秘密』(講談社、2018)
秋道智彌・角南篤 編『日本人が魚を食べ続けるために』(2019、西日本出版社)