~地球の声に耳を傾ける~エコピープル

 

2023年秋号 Ecopeople 97矢野智徳さんインタビュー

昨年夏、映画『杜人』(監督:前田せつ子)が上映されました。環境再生医として活動する造園技師、矢野智徳さんの活動を3年間にわたって追いかけたドキュメンタリー映画は多くの人々に、「私たちはどのように自然と向き合い、これからどう生きてゆけば良いか」という問への明確な答えが示すものでした。
「自分の手を使い、自分たちの居場所の再生に向け、共に行動を起こす」という矢野さんのメッセージは今、じわじわと人々の心を揺り動かしています。

産業革命以来、社会発展へのヴィジョンが一転し、人々の日常生活の利便性と効率性が優先され、多くの都市が生まれました。その過程で私たちは地域を構成する山や森を支える自然の地形を破壊し、エリアの生態系を支えていたさまざまな生物の“居場所”である大地を分断してきました。近年、世界各地から報告されて未曾有の大洪水や火災は、天災ではなく、私たち人間が引き起こした人災と言っても過言ではないかもしれません。何故なら、長い時間をかけて形成してきた地形とは、気象現象である風や雨、そして土中の水脈や空気の流れをつくり出し、生命の循環を生み出す“特別誂えの自然環境”として、そこで生きる”全ての生物のゆりかご”としての役割を果たす精密装置だったのです。
矢野さんを中心に全国で活動を展開する『大地の再生 結の杜づくり』には「四喜の精神」と呼ばれる基本理念があります。である「四喜の精神」とは、学びの場における「私」と「あなた」の二者の喜び、及びその「地域の人々」の喜び、さらにその大地に生きる「生き物 (自然)」の四者すべてが喜べる状態を意味します。
今回はこの「四喜の精神」に相通じる「三方よし」商売を重んじた近江商人の地で実施された講座『琵琶湖流域の環境改善@三井寺(滋賀県)』の現場に伺いました。





取材日|2023年9月17日
取材場所|園城寺 三井寺(滋賀県大津市園城寺町246)
インタビュー・テキスト|太田菜穂子
写真|澄 毅
取材協力|大地の再生ネットワーク 杜の学校、大地の再生 Tam Tam(滋賀)、大地の再生 ネットワーク 関西





矢野智徳さん
インタビュー



矢野智徳 YANO Tomonori
造園技師、環境再生医(上級)。合同会社「杜の学校」代表。文科省認定「大地の再生技術研究所」主宰。

1956年福岡県北九州市生まれ。旧花木植物園「四季の丘」で植物と共に育つ。東京都立大学理学部地理学科・自然地理専攻、中退。日本全国を歩き自然環境・風土を実地で見聞。1984年、「矢野園芸」を設立し、地中の空気通しこそが水通しと表裏一体の対をなした動きであることを見出す。1995年阪神淡路大震災の被災支援を通して、「自然界にゴミはない」との気づきを得て、新たな環境改善施工の手法に取り組む。1999年、元日本地理学会会長中村和郎教授等と共に「環境 NPO 杜の会」を設立。現代土木建築工法が取りこぼした環境問題に取り組み、「大地の再生」手法を提唱。2017年〜2000年「一般社団法人大地の再生 結の杜づくり」の代表及び顧問として、日本全国で環境改善工事を500件以上実施。現在は、「(同)杜の学校」代表及び文科省認定「大地の再生技術研究所」を主宰し、流域生態系にならった実践「大地の再生講座」を、本拠地山梨県をはじめ全国各地で開催。公益事業の母体として財団法人設立準備中。
https://daichisaisei.net




【琵琶湖と琵琶湖周辺について】

講座として開催される今回の学習現場は琵琶湖流域、日本最大の淡水湖、琵琶湖。およそ400万年の歴史を持つ世界有数の古代湖(*)のひとつ。現在の三重県伊賀市付近に浅い湖(大山田湖)として誕生後、断層運動によって地盤の陥没や土砂の堆積などの影響を受け、形状を変えながら位置も移動し、少なくとも40万年前に現在の場所に定まったと推測されています。
琵琶湖は外海である日本海と太平洋、さらに内海の瀬戸内海からの3つの気流が合流する非常に珍しい気象風土を持ち、今回の現場である三井寺周辺(*)は、これらの海からの気流が合流する特異な場所としても知られています。


古代湖(*)
およそ100万年以上存続している湖の呼称。一般的な湖の寿命は流入する河川からの土砂の堆積の影響を受け、1万年程度で消失してしまうが、世界に20箇所ほど確認されている古代湖の多くは断層活動によって地殻に深い裂け目が生じた結果生まれた構造湖(断層湖)。他にはバイカル湖、カスピ海、タホ湖、チチカカ湖など。