〜命をいただく〜エコキッチン

©︎ KURIHARA Osamu / TOKYO-GA

 

2022年夏号Les Temps Joyeux
(楽しい時間)

ナビゲーター | 入江 誠

料理人 | 株式会社PLUS IRIE 代表

1975年生まれ。1995年「クイーン・アリス」に入店。1999年に渡仏し、「ルカ・キャルトン」「プチニース」などで修業。帰国後、2005年に南青山「ピエール・ガニェール・ア・東京」の料理長に就任し、同店のミシュラン二ツ星獲得に寄与。現在は“FARM to TABLE”をテーマに、シェフ、メニュー開発、食育、運動など幅広い分野で活動中。

第一回1枚のホットケーキ

「どうしてシェフになろうと思ったんですか?」

『味覚の授業』(*)を担当した小学生から、こんな質問を受けた。
「自分が作った料理で誰かを笑顔にしたいから!」胸を張って私はそう答えた。

*「味覚の授業」®は料理人、パティシエ、生産者らがボランティアで、全国の小学校3年生から6年生を対象に、味の基本となる4味(「塩味」「酸味」「苦味」「甘味」に加え、第5の味覚である「うまみ」について教え、味覚を意識させ、食の楽しみを体験させている。
https://legout.jp

私は北海道札幌市出身、人口190万を超える北の大都市生まれだ。ただ、育ったのは大自然に囲まれた山の麓。小学校に入学した頃、ちょうどファミコンやゲームウォッチが発売され、ゲームブームの真っただ中だったが、私はそれらには全く目もくれず、山に篭っては秘密基地を作ったり、ザリガニを獲ったり、毎日太陽が西の空に沈むまで泥だらけになって遊んでいた。

暗くなって家に戻ると、台所から母が晩御飯の準備をする音が聞こえてきた。“トントントン”と小気味よく刻まれる包丁の音、“ジャー”と野菜を洗う水道の音。台所という空間は、私にとって幸せが宿る特別な場所のように思えた。

©︎ KURIHARA Osamu / TOKYO-GA

小学校の低学年の時、母が病気で長期入院した。病弱な母はそれまでも何度か入院したが、長期に及ぶ入院は初めてだった。料理はもちろんのこと、掃除、洗濯まで、いつも母がしてくれた日常の仕事を自分達でやらなければいけない非常事態に陥った。

最大の問題は食事の準備だった。酒呑みの父が自分のお酒の用意さえすれば、母がささっと酒の肴や食事をテーブルに運んでくるような家庭だった。そんな父が非常事態に際し、率先して台所に立った。献立は決まって “胡椒の効きすぎた卵とソーセージ、そしてキャベツの炒め物” だった。もしかすると実際は少し違ったかもしれないが、母不在の日々、ほぼ毎日食べていた記憶がある。父が “彼のスペシャリティ” を作る間、私はその手際が心配で、脇からずっと覗いていた。台所のシンクにはまな板、包丁、ざる、ボール、大量の調理器具が山積みされたまま。そして、ようやく出来上がった “彼の十八番” が食卓に運ばれる。

「うまいか?」と何度も聞く父。
「うん」と答える私。

決して美味しいとは言えない一皿を何とか完食をする日々は、子ども心にも “空気を読むこと” の意味を習得した時間だった。

©︎ KURIHARA Osamu / TOKYO-GA    

そんな父とのバタバタ生活が続く中、母が一晩だけ一時退院で帰ってきた。翌日、病院に戻る時間が近づいた時、溜まっていた寂しさから片時も母のそばを離れずにいた私に、母は言った。

「おやつにホットケーキでも一緒に焼こうか?」 「うん」と私。

食器洗いや片付けなどの手伝いで台所仕事を面倒臭いと感じていた私だが、その時は嬉しくてしょうがなかった。何しろ “何かを作る” のは、これが初めてだった。

慎重に粉を計量し、ボールで生地を丁寧に混ぜ、程よく温まったフライパンに生地を流し込んで焼き始める。“ジュー” と立ち上がる蒸気に、テンションが一気に上がる。蓋をするとプツプツと気泡が現れ、表面は一瞬にして月面クレーター状態。当時流行っていた「ドラえもん・えかきうた」を歌いながら、母に支えてもらって、フライパンの柄を握って一緒に裏返す。こんがり焼けたホットケーキを皿に盛り、真ん中にバターをのせる。大きな角切りバターだ。こうして贅沢な特大ホットケーキが見事に完成した。

出来立てのホットケーキを母と一緒に食べる。美味しい、格別に美味しい。笑顔いっぱいの母と食べたホットケーキ。今でもあの楽しい時間を鮮明に憶えている。

“料理を作るって楽しい” あの日、9歳の私は料理を作る喜びを知った。

©︎ KURIHARA Osamu / TOKYO-GA







©︎ KURIHARA Osamu / TOKYO-GA





ホットケーキ

材料(直径16㎝程度 2枚分)
薄力粉
200g
ベーキングパウダー
小さじ2
砂糖
50g

ひとつかみ
卵 (Mサイズ)
1個
牛乳
150ml
作り方
  • ボールに薄力粉、BP、砂糖、塩を入れて、泡立て器で混ぜ合わせ、中央にくぼみを作る。
  • 別のボウルに卵を溶きほぐして、少量ずつ牛乳を合わせる。
  • 1のボールのくぼみに2の液体を入れて、少しずつ粉を混ぜ合わせる。
  • 薄くサラダ油をぬったフライパンを温める。うっすら煙が出はじめたらすぐに生地を流しこむ。
  • フタをして弱火で火を入れる。表面がプツプツしはじめたら、裏返してさらに2分程度焼く。

美味しく焼くためのコツ


3の段階で混ぜすぎないこと。ごく少量の粉が残っている程度で大丈夫です。口当たりが重たい仕上がりになるので。

4焼きはじめのフライパンの温度が低いと焼く時間が長くなり、軽い食感に仕上がらない。

・焼きたてのホットケーキにバターをのせると直ぐに溶けてしまうので、ラップに氷を1個包んで生地の中央を1分程度冷やしておくとゆっくりと溶けます。

Illustration ©︎ OHTA Yuka

卵に関して


美味しい卵の見分けるのは、外見では難しいですね。新鮮さの見極めポイントは、割った卵の表面が張っている状態ですが、ほぼ皆さんご存じだと思うので。
強いて言えば、保存方法は尖った方を下にして保存すること。約1週間後、尖った方を上にした場合と比べれば、その差は歴然です。
ちなみに私は、過去に養鶏場を4軒視察(衛生的な観点から飼育場内を見学できたのは2軒のみ)しましたが、飼育方法及び、飼料の配合はそれぞれ違います。

美味しい卵を探す楽しみ


人それぞれ好みが違うと思いますが、”生卵ならこれ、加熱するならこれ” といった自分好みの卵に出会えるまで、色々と探してみるのも楽しいですね。私は今でも出先でよく卵を買います。卵かけご飯が大好きなので。

入江愛用たまご


お店ではずっと高知県・四万十町の「コロンブスの茶卵」を使用しています。四万十町に視察に行った際にその美味しさに惚れ込んで、長年使用させていただいています。
http://coccorando.com/chamago.html

炊き立て御飯に茶卵をのせて、オニオンフライ、少量の刻みエシャロット、めんつゆをまわしかければ、過去最高レベルの味わいです。