料理人 | 株式会社PLUS IRIE 代表
1975年生まれ。1995年「クイーン・アリス」に入店。1999年に渡仏し、「ルカ・キャルトン」「プチニース」などで修業。帰国後、2005年に南青山「ピエール・ガニェール・ア・東京」の料理長に就任し、同店のミシュラン二ツ星獲得に寄与。現在は“FARM to TABLE”をテーマに、シェフ、メニュー開発、食育、運動など幅広い分野で活動中。
幼い頃から料理が大好きだった私は料理番組に登場するシェフに憧れを抱くようになり、“料理人”という職業を自分の将来の姿として意識するようになっていた。当時は今以上に、料理人=華やかな職業ではなく、朝から晩までの長時間労働が強いられるキツイ職業”というイメージが強かったので、両親は私に大学進学を強く薦めた。どちらかといえば私は、両親の意見に反発するような子どもでは無かったが、その時ばかりは想いを全力で伝え、自分の意志を貫いた。
「自分が作った料理で誰かが笑顔になり、喜んでくれる。
こんな素敵な仕事は他には考えられない。だから料理人になりたい!
自分の人生だから自分で決めたい」と。
両親はそんな私の気持を理解し、ついに了承してくれた。上京当日、母は地元駅のホームまで見送ってくれた。心配な気持ち、応援する気持ちなど、私に話したい事はいっぱいあったはずだったろう。ただ彼女は、何も言わずに私の両手を強く握りしめるだけだった。電車に乗り込み扉が閉まった瞬間、彼女の目には大粒の泪があふれていた。それを見た時、私は改めて心に誓った。
「絶対に東京で、一流のシェフになる…」と。
18歳の私はこうして、料理人になることを夢見て北海道からTOKYOへと旅立った。
私が料理人を志した時代は、最初から海外での料理修行を目指すシェフ候補生も数多くいた。現在のように、SNSで世界の料理のトレンドをリアルタイムにアクセスできず、そうした情報はもっぱら本屋に並べられる専門書に頼るしかない時代ゆえの彼らの選択だったのだろう。
ただ私は料理と共に、ファッションも大好きだった。地元の古着屋に足繁く通っては新入荷を心待ちにし、暇さえあればファッション誌を読みまくり、原宿や渋谷のショップに興味を持っていた。私がTOKY0を最初のデスティネーションに選んだのは、世界有数の大都会、TOKYOで料理を学びたいのと同時に、東京が持つ“TOKYO CULTURE・トーキョウ・カルチャー”への憧れもあったのかもしれない。
あれから30年近くの時が経ち、世界中の最新トレンドやディープなローカル料理まで、知りたい料理関連の情報がスマホを操るだけで簡単に入手できる。話題のレストラン、注目を浴びる食材、新たな調理法、SNSの発達は現在の料理の進化に大きく影響し、その進化を促している。
現在の食の世界はまさにボーダレス、そして多様性に溢れている。例えば、フランス料理の名店でも店名に“フランス料理”と国名を掲げることすら少なくなってきた。コースの中でイタリア料理の定番、パスタやリゾットを組み込む事も当たり前になったし、中東のスパイスを多用する店も増えてきた。ミシュランの星付きの海外のレストランでさえ、日本のSUSHIや韓国のビビンバにインスパイヤーされた一皿を提供するなど、もはや国籍や調理法や固執することなく、料理の可能性を拡張している。
料理人にとって、最も大事なのはそのシェフのオリジナリティと判断、固有の食文化を背景とするさまざまな人々の舌をどれだけ唸らせることができるかである。現在、TOKYOは若手から永年にわたり研鑽を積んできた重鎮まで、オリジナルなヴィジョンで料理に取り組む多くのシェフたちがどんどん、その食の世界観を発信している。
さまざまなメディアを通し、世界中のフーディーに注目されるTOKYO、レストランでは常に複数の言語が飛び交い、厨房ではTOKYOの開かれた食への感覚と調理の技を学ぶために訪れた多国籍のシェフたちが働いている。その光景は、若き日の私が修行したヨーロッパのそれに重なる。
ファッション、音楽、アニメ、アートがそうであるように、食の世界でもTOKYOは現在、世界に向けて新たなムーブメントを発信する拠点のひとつとして注目を浴びていることを日々、痛感する。
某外車メーカーのポップアップイベント会場で提供する一皿を任された時に考案した一皿。ファラフェル(ヒヨコ豆のコロッケ)とトマトの酸味、アボカドの食感、濃厚な胡麻ソースを雑穀ご飯にのせた一皿。
イベント会社から与えられたテーマは三つ、サステナブルであること、TOKYOを感じること、そして賄い丼とて位置づけ。
サステナブルというお題には、動物性食材を使わず、ヴィーガン(菜食主義者)の方でも安心して楽しめるひよこ豆をメインに使用。ひよこ豆はタンパク質が豊富で、乾燥した過酷な環境でも栽培が可能な食材である。次にTOKYOを感じるという答えには、ポップでカラフルな盛り付け、その可愛らしいビジュアルだけで無く、ミントの葉も一緒に食べていただき、口の中で爽やかさが弾けるという”口内調理”の発想を採用。そして、賄い丼という立ち位置には短い時間内でサクッと食べられ、しかも満服感もある。バランスよくしっかりと栄養が取れて最後まで飽きさせない仕立てにした。