〜命をいただく〜エコキッチン

2021年冬号日本人が磨き上げてきた味覚
「旨味」の根源、
「出汁(だし)」を考える

ナビゲーター | 林 亮平

『てのしま』主人 | 日本料理アカデミー正会員

1976年香川県丸亀市生まれ岡山県玉野市育ち。立命館大学卒業後、株式会社菊の井に入社。
2011年上海万博にて『料亭 紫 MURASAKI』(日本産業館内)の料理長として赴任。2011年菊乃井本店副料理長就任、2015年菊乃井赤坂店渉外料理長就任。菊乃井主人村田吉弘氏に師事し、シンガポールエアライン機内食の開発やJR西日本『瑞風』のメニュー開発、国際会議や首相官邸での晩餐会での料理を担当。17カ国以上で和食普及のためのイベントに携わる。また、日本料理を学びたい外国人のための制度作りでは京都府と共に尽力した。

第三回『かつお節』かつお出汁の香り

かつお節といえばかつお出汁、それこそ日本料理屋を象徴する食材のひとつです。僕たち日本料理人は一日中煮炊きをしている調理場にいるので、仕事の後には出汁の香りが体に染みついています。この香りを初めて強く意識したのは大学生の時でした。

大学4回生の春、就職活動で既にいくつか内定をもらった僕は、自分の中での違和感がぬぐえず、幼い頃からの夢だった料理人になることを決意しました。その著書に感銘をうけた村田吉弘氏の下で修業をしたいと、京都の老舗料亭「菊乃井」の門を叩きました。

面接にあたり、自分の決意を表明するため頭を丸めて臨みました。働くことが決まった後、こっそり裏山の店が見降ろせるところまで登り、調理場から若い丁稚たちが慌ただしく出入りするのをみつめつつ、僕もその中に飛び込んでいくのだということを実感して武者震いをしました。その時に店から香ってきたかつお出汁の鮮烈な香りを、今でもはっきりと覚えています。

©︎ Osamu KURIHARA / TOKYO-GA

さて、「食」をテーマにイタリアで開催された2015年のミラノ万博では、かつお節にまつわる、ある事件が起きました。「世界中の中の方々に日本料理をふるまおう!」と錚々たる料理人が集うチームジャパンが結成され、意気揚々と現地に乗り込んだのですが、かつお節の成分がEUの規制に引っ掛かり、輸入が禁止されていたのです。かつお節なしで日本料理を作らなくてはならない状況に追い込まれるところでしたが、日本企業がスペインにかつお節工場を作ってEU圏内に流通させるべく製造を始めたことが分かり、ギリギリ間に合い、何とか日本人の手で製造したかつお節を使って万博での料理を提供することができました。現在では、フランスやアメリカでも現地の材料を使ったかつお節が作られるようになり、日本料理が広がると同時にかつお節も世界に広がっています。

©︎ Mikio HASUI






















日本人とかつお節

カツオは日本人にとって古くからなじみ深いものです。3世紀頃の古墳時代にはすでに干したカツオである堅魚や、煮て干した煮堅魚が作られていたようです。また煮堅魚の煮汁を煮詰めた堅魚煎汁は、調味料として重宝されていました。鎌倉時代の書物にも堅魚煎汁は重要な調味料として記されています。

さて、かつお節が作られるようになったのは室町時代の頃とされています。ただ当時のかつお節は茹でたカツオを藁でいぶして乾かしたもので、腐りやすく日持ちのしないものだったようです。僕たちが現在目にするようなかつお節が現れるのは江戸時代になってから。かつお節に燻乾とカビ付けをすることにより長期保存が可能になり、昆布と共に北前船で日本中に流通しました。かつお節がここまで普及したのは、日本人の旨味に対する感性が高いからではないかと思います。グルタミン酸の多い野菜中心の料理に、かつお節のイノシン酸を付加して旨味を相乗させることを日本人は発見したのです。日本料理はかつお節と共に発展してきたと言っても過言ではないでしょう。

©︎ Mikio HASUI















資源としてのカツオ

カツオはマグロと同様に世界中を回遊する魚類ですが、一部の海域では既に減少傾向にあります。世界的にツナ缶の原料として需要の高いカツオは東南アジアを中心に、30年前より250%も漁獲量が増え、このままではいつか供給バランスが崩れてしまうことが危惧されています。既に僕の耳にもカツオの群れが小さく少なくなったという漁師さんの声が届いています。

日本の漁獲量は現在、世界第4位。これは世界全体のカツオ総漁獲量の約7%にあたります。日本では70%が巻き網漁、30%が一本釣りで獲られています。群れを一網打尽にする巻き網漁では大きさや種類が関係ないため、美味しくない魚や小さすぎる魚も網に入ってしまいます。さらにこの手法は魚に強いストレスをかけます。一方、一本釣りでは獲りすぎもありませんし、釣った後の処理が素早くできるので魚へのストレスが最小限で済みます。てのしまでは、澄んだ味わいの出汁がひける一本釣りのカツオから作ったかつお節を使っています。

©︎ Mikio HASUI













かつお節の需要に応えるには、一本釣りのカツオだけでまかなうことは不可能でしょう。巻き網漁も必要だと思います。が、一本釣りの割合を増やし、品質の良いかつお節が評価されていくことで、日本人の食生活に欠かせないカツオを持続可能な資源として未来に伝えることができるかもしれません。

©︎ Mikio HASUI


















基本の一番出汁

材料
かつお節
15g
昆布
15g

1L
かつお節のイラスト
作り方
  • 昆布は前の晩から水につけておく。
  • 1を鍋に入れて火にかけ、鍋のふちに小さな泡が立つくらいになったら一度火を止め、蓋をして30分~1時間おく。
  • 昆布を取り出して再度火にかけ、沸く寸前になったらかつお節を加える。かつお節がしずんだら、ガーゼやキッチンペーパーで漉す。

Illustration ©︎ Yuka OHTA

こんにゃくの土佐煮

材料(4人前)
こんにゃく
1枚
【煮汁】
だし
150㏄
しょうゆ
大さじ1
みりん
大さじ1
砂糖
小さじ0.5
削り節てのひら半分くらい
約2g
作り方
  • こんにゃくは格子状に切り目を入れてから1.5㎝角に切る。
  • 鍋に1のこんにゃくを入れて、たっぷりかぶるぐらいの水を加え、中火にかける。沸騰したら、ざるで濾す。
  • 鍋をきれいにしてこんにゃくを戻し、【煮汁】の材料を加え、中火にかける。煮立ったら落とし蓋をして、時々上下を返しながら、煮汁がなくなるまで煮る。火を止めて、削り節を手でもんで加え、ざっと混ぜて器に盛る。



eco kitchen

Autumn 2021The taste refined by the Japanese
Thinking about the origin of Umami and Dashi

Navigator | Ryohei HAYASHI

Owner of ‘Tenoshima’ and Full member of the Japanese Culinary Academy

Born in Marugame (Kagawa Prefecture) in 1976, and raised in Tamano City (Okayama Prefecture). After graduating from Ritsumeikan University, he started to work in Kikunoi. After considerable training, in 2011 he was appointed as the head chef of the Japanese restaurant ‘MURASAKI’ in the Japanese Industry Pavilion at the Shanghai World Expo. In the same year, he became sous-chef of Kikunoi’s main restaurant, and in 2015 became the International Liaison head chef of the Kikunoi Akasaka restaurant. Under the guidance of Mr. Yoshihiro Murata, Kikunoi’s owner, he was in charge of developing in-flight meals for Singapore Airlines, developing menus for JR West rail’s "TWILIGHT EXPRESS MIZUKAZE", and preparing food for international conferences and banquets at the Prime Minister's official residence. He has been involved in events to popularise Japanese food in more than 17 countries. In addition, he worked with Kyoto Prefecture to create a system for non-Japanese who want to study Japanese cuisine.

Chapter 3: Dried bonito flakesThe smell of Katsuo Dashi
(Bonito soup stock)

Speaking of dried bonito flakes, Katsuo Dashi is one of the ingredients that symbolizes Japanese restaurants. We Japanese chefs are in a kitchen with soup stock on the boil throughout the day, so after work the scent of dashi is ingrained into our skin. The first time I became strongly aware of this smell is when I was a university student.

The Spring when I was a fourth year student, and I had received a few offers of positions after job hunting, I couldn’t overcome the feeling that something felt out of place, and I resolved to follow my childhood dream of becoming a chef. Impressed by his book, I decided I wanted to work under Mr. Yoshihiro Murata and I requested an apprenticeship at the long-established restaurant Kikunoi in Kyoto.

I did some serious soul-searching in order to express my determination at the interview. After it was decided I would work there, I secretly climbed up a hill that overlooked the restaurant, and watched the young apprentices rushing in and out of the kitchen, trembling with the realization that I too would be jumping into that world. I still remember to this day the vivid scent of the Katsuo Dashi emanating from the restaurant.

©︎ Osamu KURIHARA / TOKYO-GA

By the way, there was a certain incident that occurred related to dried bonito flakes at the 2015 Milan Expo in Italy, where the theme was ‘Cuisine’. A gathering of brilliant chefs from Japan formed ‘Team Japan’ in order to ‘Serve Japanese food to people from all over the world!’. We enthusiastically arrived on site, but the dried bonito ingredient was caught in EU regulations and its importation was banned. We were at a point where we were nearly forced into making Japanese cuisine without dried bonito, but at the last minute we found out about a Japanese factory in Spain that had built a bonito factory and started manufacturing to distribute in the EU. Just in time, we managed to source dried bonito flakes made by Japanese people to serve at the Expo. Nowadays, bonito flakes made from local ingredients are being made in France and USA, so as Japanese cuisine spreads throughout the world, so too are dried bonito flakes.

©︎ Mikio HASUI