~地球の声に耳を傾ける~
エコピープル

2022年夏号 Ecopeople 92JFE スチール株式会社
鈴木善継さん、假屋房亮さんインタビュー

循環型資源、スチールの魅力をより身近に感じて欲しい

編集部
今回の湘南プロジェクトの端緒について伺えますか?

鈴木
弊社で扱っている鉄板は缶用鋼板と言われているもので、いわゆるコーヒー缶とかによく使われる板厚が0.2-0.3㎜くらいという非常に薄い鉄板で、特徴のある鉄板なんです。しかしながら、現状ではまだ使用されるシーンが限られており、新しい用途を見つけたいと考えていました。いろいろな用途のご提案をコンサルからいただいた中で、今回のプロジェクトは弊社としては新しく、興味深い開発の進め方だと思いました。
https://www.jfe-steel.co.jp/products/can/index.html
https://www.jfe-steel.co.jp/products/usuita/index.html
編集部
どこを新しいと感じられたのですか?

假屋
開発の初期段階から一般消費者の方々の声を聞き、メーカーと一般ユーザー、さらにアイデアを取り持つコンサルの三者が一体になって、プロジェクトを進めていく開発のスタイルが非常に魅力的だったこと、そして、みなみさんのお力がすごく大きいのですが、「共に創っていく」“共創”という想いがヒシヒシと伝わってきて、「一度、こうしたことにもチャレンジすることが大事なのかな」と思うようになりました。
そしてチャレンジする限りは、行動を起こした結果がダメだったら修正し、もう一度挑戦するという「トライ&エラー」を繰り返し、一緒に進めていこうと決意しました。

鈴木
実際、試行錯誤の繰り返しとなりましたが、結果として、様々な方面からありがたいお言葉をいただき、今のところは順調に進んでいます。
編集部
今までも新しい技術を世の中に伝える際、外部の複数のパートナーたちとコラボレーションされたことはあったのですか?

鈴木
そういう機会はありますが、弊社の場合は「B to B」が基本のビジネスモデルです。
普段から「B to B」のお客さまからニーズを聞くことはやってきましたが、“そのお客さまのさらに先にいる”エンドユーザーである消費者という立場のお客さまから生の声を聞くという機会は、実はなかなかありませんでした。
假屋
従来の仕事のやり方では見えなかった部分、「一般のお客さまは鉄に対してこんな風に思っていらっしゃる」ことを改めて知り、我々との認識の違いに驚かされました。
とにかく、今回のプロジェクトは我々の目に見える場所で進行し、そのプロセスを経験できたという意味で、すごく勉強になりました。






編集部
スチールカップでの実施が決定する前、容器についてのさまざまな提案を聞いた時、どのように感じられました?

假屋
プロジェクトを進行している場所が、鎌倉という非常に環境意識が高い地域であることを認識させられました。地域全体が現在、世界的に問題になっている海洋マイクロプラスチック問題を社会課題として非常に重く受け止めていることが、強烈に伝わってきました。 “鉄”はご存知のように、循環型素材です。喧々諤々の議論を通じ、スチールの強みを徹底的に磨き上げることで、この地球規模の課題解決ができるのではないかという総意に至り、非常に薄い鋼板でスチールカップを創るという選択に落ち着きました。
編集部
ユーザーの声、そのデザインへの注文にはどのように感じられましたか?

假屋
「求められている水準」がかなり高いことを痛感しました。一般の方々はプラスチックカップに慣れていることもあって、「同じ形」や「もっとオシャレなデザイン」などさまざまなフィードバックをいただきました。ただ、みなみさんや『湘南スタイルマガジン』のみなさんとディスカッションを重ねる中で、まずは「このモデルでトライしよう!」ということになりました。
編集部
最後の決断の決め手となったのは、Z世代の「ニューコロンブス」の現役大学生たちの評価だったと伺いました。若者たちからの反応を受けた時の率直なお気持ちを伺えますか?

假屋
嬉しかったですね。やはり若い方々がどう受け止めるのか、個人的にすごく気になっていたので、「これ、いいね!」って言われた瞬間、すごく嬉しかったです。

編集部
テストマーケティングとして、「ニューコロンブス」の学生さんたちが主催しているビーチクリーンイベント「MiiGO」で、スチールカップで提供したドリンクはアイスコーヒーだったとのことですが、假屋さんもこのコーヒーはお飲みになりましたか?

假屋
テストマーケティング当日、私も現地で美味しくいただきました。地元でも有名な焙煎士、望月さんが鉄との相性を考えて設計されたコーヒーは、格別な味わいでした。
編集部
今年のゴールデンウィークに開催された逗子映画祭のテストマーケティングは最大規模だったと伺いましたが、どれくらいの数量を用意されたのでしょうか?

鈴木
逗子海岸映画祭では、約4000個規模をご用意しました。使用後のカップは出入り口にオリジナルの回収ボックスを設け、直ちにその場で回収するというスタイルをとり、リサイクルされる流れがイベント参加者にも見えるようにしました。
編集部
スチールカップの量産体制はもうすでに整っているのでしょうか?

假屋
数によりますが、ある程度の数までの対応体制は整っています。
鈴木
現在マーケティングを徐々に展開し、量産や市販についても協議中です。






編集部
鉄の素材としての魅力と資源循環を実感できる今回のスキーム、「一緒にものを作り上げていく共創」。この湘南プロジェクトに参加され、どのように感じていらっしゃいますか?

假屋
社外に限らず、社内でも色々な立場、たとえば本社担当セクター部、工場の商品技術部、広報室など、さまざまな部署と一緒にやることで、プロダクトに付随したストーリーが生まれるところがひとつの醍醐味になりました。それぞれの思いを語り合い、時には衝突し、意見をぶつけ合い、それでも連帯し、ひとつのゴールに向かって進んでゆく、その達成感は、単独で課題解決を進める事が多くなりがちな研究とは全く違い、素晴らしい経験でした。
編集部
今回のプロジェクトを通して、実感されたこと、さらに未来へのビジョンがあれば伺わせてください。

假屋
今回のプロジェクトのポイントは、ローカルを起点としている点かと思います。まだ一般に浸透している用語ではありませんが、「グローカル」という表現をご存知でしょうか。
コトはローカルから始まるのですが、当初から地球規模、つまりグローバルに考え、ローカルの人々と企業が一体となって地域視点で行動を起こし、社会課題を解決するというプロジェクトの進め方です。
弊社はグローバル企業ですので、今後の新しい流れとして、ローカルを起点にプロジェクトを検証し、それを徐々にグローバルに成長させるやり方にも発展するようになると予感しています。

鈴木
テストマーケティングが実施されたのは鎌倉、みなみさんをはじめとするコンサル、地元メディアや有志との「共創と協業」で、コミュニティからストーリーが生まれ、さらにそのストーリーに共感いただいたお客さまへと広がっていく流れには非常に魅力を感じました。
弊社は「常に世界最高の技術をもって社会に貢献します」というミッションがあります。今回のプロジェクトで採用されている缶用鋼板は、0.2㎜とか0.3㎜の非常に薄い板、世界屈指の技術を持っていないと、そこまで薄い鉄板というのは安定的に量産できません。 残念ながら、このすごい技術は世の中の方々にはあまり知られていません。
假屋
実は私自身、この事実に忸怩たる思いをずっと持ってきました。今回のようなプロジェクトを通じて、一般の方々に普段使っているような何気ないモノにも世界最高の技術が詰まっていることを知っていただけたらと願っています。
鈴木
鉄という素晴らしい地球の資源が単にプロダクトを使われているという実績、事実だけでなく、循環型素材としてのスチールの素晴らしさを、こうしたプロジェクトを通じて広く知っていただくことの大切さを感じています。

取材日|2022年6月3日
取材場所|JFEスチール株式会社本社






JFEスチール株式会社
鈴木善継 SUZUKI Yoshitsugu
缶用鋼板セクター部主任部員(部長) | 工学博士

假屋房亮 KARIYA Nobusuke
スチール研究所 薄板研究部 主任研究員(副部長)|プロジェクトリーダー







コラム

『Good Sharing - 湘南スピリットで繋がった
個性豊かなパートナーたち』


①一問一答
増田航大 MASUDA Kota
株式会社ニューコロンブス代表取締役|
学生団体ニューコロンブス元代表

Z世代と呼ばれる若者層、鎌倉生まれで鎌倉育ちの増田さんもそのおひとりです。小・中・高を地元の学校で学び、友人たちも多く、常に誰かと繋がっていることを実感してきた彼は2020年、コロナ・パンデミックという非常事態に直面します。官邸から発令された「緊急事態宣言」、その厳しい行動制限により、自分が帰属するコミュニティーである大学との絆が遮断され、一人切り離されてしまったような孤独感を味わうことになります。そんな日々を通して、増田さんが決意したのは、“今、ここで”自分の大好きな鎌倉との絆を再構築するという選択でした。
元々、環境問題への関心も高く、大学の専攻が経営学マーケティングだった増田さんが仲間と共に立ち上げたのが「学生団体ニューコロンブス」。地球の未来を考え、コミュニティーに貢献する行動を通して、若者の視点から鎌倉の活性化を目指す彼らがまず着手したのはユニークなビーチクリーン「MiiGO」。鎌倉文化に根ざした謎解き×宝探し×ゴミ拾いがフルパッケージになったこのイヴェントは、単なるゴミ拾い「環境活動」ではなく、鎌倉の歴史を知る「歴史文化教育」、さらに宝探しでの「地域コインの経済流通」がワンセットになっています。毎回30名ほどの参加者は年齢もさまざま、グループ全体で連携し、競いながらも和気藹々と特別な時間を分かち合うビーチクリーンです。開催日のビーチには、「かつて遊んで地球を守ったものがいただろうか」のスローガンがプリントされた「MiiGO」の幟を掲げ、SNS上の発信等で募った参加者と共に、その活動を展開したのです。こうした活動は鎌倉のビーチを守り、遊び、大切にしている周辺の人々に知られるようになるのは時間の問題でした。Better Recycling Cupプロジェクトが立ち上がり、試作品が関係者の中で議論される過程で、「ニューコロンブス」に白羽の矢が立ち、アンケートの集計やデータ解析を担当することになったのです。未来社会を実際に担い、新しい循環型社会を牽引していくことになるZ世代はこの試みをどのように評価し、どのような判断を下すのか? テストマーケティング前夜、サンプルを前に議論する大人たちに、増田さんたちZ世代の答えは、「Bestの追求ではなく、今、Betterから始める」というシンプルで潔いものでした。

編集部
Better Recycling Cupプロジェクトでの具体的な役割と、実際に関わって感じられたことをお聞かせください

増田
僕らが実施しているビーチクリーンイヴェントで実際にカップを使い、飲み物を提供し、その反応を丁寧に読み解くことが僕たちのミッションです。「MiiGO」に参加される方は地元のみならずSNSで知った他県からのご家族連れもいらして、年齢層を幅広く、さまざまなデータの採集ができます。しかも、ビーチクリーンに参加しようということからも環境意識が高く、新たなシステムを未来社会に導入するマーケティング・データの採集の場としては最適なシーンです。参加者の反応はいずれもポジティブで、カップのデザイン性にも高い評価が得られました。提供した飲み物はアイス・コーヒーだったのですが、鎌倉のバリスタ、望月光さんがスチール缶に合う絶妙なコーヒーを焙煎してくださったこともインパクトを与えたと思います。今回のアンケート作業の実施に参加して実感したのは、採集するシーンの選択、事前の準備、現場での趣旨説明、そしてデータのみならず、現場で見聞きした情報を丁寧に拾い上げ、プロセス全体を精査することの大切さでした。何かをなし得るには“想い”を共有し、共に創りあげるという姿勢がいかに重要かを痛感しています。

②一問一答
三島総太郎 MISHIMA Sotaro 『湘南スタイルマガジン』編集長
岩下和彦 IWASHITA Kazuhiko 『湘南スタイルマガジン』

1998年創刊の『湘南スタイルマガジン』は文字通り湘南エリアにフォーカスしたライフスタイルマガジン。その誌面の主人公は、湘南で輝きを放つ人々。“人”を中心に行政、製造業、農業、漁業、畜産業、商業、建築、アート、デザイン、カルチャー、さまざまなシーンで活躍する人々のライフスタイルを表現しています。そんな地元の「力」、「財産」である“人”をインタビューすることで、そのライフスタイルの根幹を支えている湘南の価値観や美学をあぶり出し、誌面で視覚化し、共有する“場”として機能する季刊誌の周辺には、湘南で暮らす人々の顔がはっきり見えます。
その 『湘南スタイルマガジンVol.87』(2021年9月発売)で、「Better Choice, Better Recycle」、スチールカップのテストマーケティングが紹介されました。記事(表紙と紹介ページ)に登場したのは、「good sharing」発起人のみなみさん、JFEスチール研究所主任研究員の假屋さんをはじめとするプロジェクトの主要メンバーたち、どのようにテストマーケティングが実現しているのかを座談会形式でパノラミックに見せることで、コミュニティーの結束やユニークな連携を印象づけました。SNSの浸透で、情報が細分化される現在、メディアはその編集力で、新しい価値観の創出を牽引する機能を果たしています。








編集部
20年以上の歴史を持つ『湘南スタイルマガジン』、今回のプロジェクトに、どのような印象を持たれましたか?また、今後の可能性についてはどのようにお考えですか?

三島
今回のプロジェクトの推進にあたって参加を表明するプレイヤーの多彩さに、まず驚きました。コーディネーターであるみなみさんの下、ものづくりの起点となる素材メーカーの研究員が準備段階から参加し、実際に現場を担当するチーム・メンバーたちの声を聞きながら、“ものづくり”を進行するというスタンスに、新たな時代の到来を感じました。しかも喧々諤々の議論を交わして出た結論については、それぞれが実現に向かって主体的に動き、周囲を説得し、スピード感と緊張感を持って立ち向かう姿勢には大いに感銘を受けました。

岩下
弊誌は永らく湘南の暮らしを取材、紹介してきましたが、とりわけ鎌倉にお住まいの方々は、世代を問わず環境への意識も高く、いわば“鎌倉文化”として継承してきた美学や生活様式を大切にされています。使用後の回収システムについても既存のラインも乗り、ゴミにならずに循環する、この「新しい常識」が鎌倉発でスタートするということは住民の支持も得られ、今後の普及への追い風になると予感しています。