~地球の声に耳を傾ける~
エコピープル

2022年秋号 Ecopeople 93山極壽一インタビュー

5 環境問題は文化の問題

編集部
世界各地に起きている自然本来の循環システムの劣化、これは何に起因するとお考えですか?

山極
それぞれの地域が育んできた固有文化の軽視、文化そのものをないがしろにしたことで生じていると言わざるを得ません。人間が自然というものをどう捉え、どのように考えるかによって、状況は大きく変わります。大規模な河川工事をやり、海岸をテトラポットで埋め尽くし、人間の都合のいいように船を走らせて、魚群探査機を使ってどんどん魚を獲ったら、土壌も海洋も枯渇する。そういうことをこの200年あまり、実際にやってきまた結果です。
昔は、漁民たちは魚の生態も漁場のメカニズムもよく知っていたし、漁場はコモンズ(共同管理地)とし、地域の漁民たちが話し合いで漁獲量を取り決めていました。しかし、経済のグローバル化によって市場価格は変動し、漁民はたくさん獲らなければ生活できない状況に追い込まれてしまった。これと並行して、日本は国内で消費するだけではなく、利益率を上げるため世界をマーケットにする食料生産スタイルに変化します。現在の日本の食料自給率が示すように、日本人が食べる食料の半分以上が海外から輸入されているということは、たとえばカナダの産物が日本で高価に売れるのなら、カナダでは生産量をどんどん上げ、その結果として、カナダの自然破壊も進んでしまうのです。グローバルなフードチェーンが各地で過剰な生産を生み出している。今、世界中で起こって環境破壊は文化の無国籍化の結果です。
それぞれの地域が育んできた文化は常に自然と調和に基づいた「未来可能性」を残し、持続可能な集合的行為として継承されてきました。しかし、資本主義経済によって世界がひとつのグローバル・マーケットになってしまったことで、住民と自然との関係が希薄になり、「自然の絶え間ない搾取」が始まっているのです。
自然は言葉を持っていないから、「絶滅に瀕しています」と自ら訴えることができません。本来であれば、自然界で起こっている真実を代弁するのが科学者の役割ですが、今は科学の力は弱く、いくら現実を示す厳しい数字やエビデンスを提示しても、なかなか政治まで届きません。現状を要約するなら、世界の一元化によって出現したグローバル・マーケットによって、豊かだった地球の自然が先進諸国のエゴによって搾取されていると言えるでしょう。



編集部
固有の文化喪失に大きな影響を与えた要因が、私たちの現在の暮らし方にあるということでしょうか?

山極
ゴリラ研究を永年にわたってやってきた僕の考察ですが、僕らは現在、“人類が住むべき場所でないところ”に居を据え、さまざまな不都合を技術の力で克服するライフスタイルを選んでしまっていることに、その原因があると考えざるをえません。 産業革命以降、この200年間で急速に進んだ海辺に近い都市に人口は集中し、僕たちは日常の暮らしの中で自然の循環を感じながら生きているという感覚を見失っています。
人類の歴史を遡ると、人類に一番近縁なチンパンジーと分かれたのは700万年前、その頃の人類の居住地は熱帯雨林でした。熱帯雨林から徐々に二足歩行をして草原へ進出し、肉食動物の脅威を多産になって凌ぎ、200万年前頃から脳を大きくするとともに徐々に集団の規模を拡大します。 しかし、川や海の近くではなく、いわゆる陸上にしか住んでいなかった。もちろん水は必要だったに違いないけれど、川そのものは利用していない。ワニやカバが住んでいる川は危険な場所だったのです。やっと海の幸を食べ始めたのは、7万7000年前、南アフリカにあるブロンボス洞窟。この洞窟で貝を採集して食べた証拠が上がってきます。その少し後、川で針を使って魚をとったという証拠も出てきます。つまり700万年の人類の進化の歴史の99%を占める時間、僕たち人類は川でも海でもない、陸で暮らしていたのです。
その後人類は言葉を登場させ、食料生産を始め、石炭火力や蒸気の力を利用するようになり、通信網を拡大、技術を獲得し、海岸部に居住するようになっていく。本来であれば、人間の身体や精神に合わない場所に居住域を広げて、そこを“人間だけが住めるような場所”にしてきたのが、産業革命以来、僕ら人類が築き上げてきた近代文明なんです。私はこの状況は常々“おかしい”と感じています。僕ら人類の身体構造は、農耕牧畜が始まって1万年しか経っていませんから、その間に劇的な進化を遂げるにはあまりにも短すぎます。だから僕ら身体も心もある意味で、狩猟採集時代の先祖たちとそんなに変わっていないのかもしれません。特に“心”を考えることは今、非常に重要だと考えます。
未来可能性を実現するには、自然環境と人間を区分することなく一体として捉え、その関係性と繋がりを重視した世界、文化や人間の心を再構築すべきだというのが地球研、そして私が掲げる理想です。 環境問題の解決には、この地球上に存在する多様な固有の文化を見つめ直し、その文化が育んできた自然との関係性を現代に新たな形で復活させる、文化と人間の心の復権にかかっていると考えています。