『沖縄の海、
そのサンゴの再生』
by 中村征夫
ecogallery Vol.2 2022 autumn

  • サンゴ礁はサンゴや貝など、石灰質の骨格や殻を持つ生きものたちの死骸が何千年も積み重なってできた構造物だ。堅牢なサンゴ礁は島々に住む人々を大波から守り、硬く複雑な体型をした骨格は、多種多様な生物たちの隠れ家となる。
    色彩変異に富むサンゴだが、それらの色はサンゴの組織内に共生する褐虫藻(植物プランクトン)が透けて見えているからだ。褐虫藻は光合成の産物である酸素や多くの栄養源をサンゴに与え、サンゴの生育には欠かせない存在だ。
    色とりどりのサンゴが美しさを競う沖縄の海。だが、本土復帰後わずか3年足らずで、沖縄本島の99パーセントのサンゴが死滅するという異常事態が発生した。
    1975年、沖縄県国頭村本部町(くにがみそんもとぶちょう)で開催された「沖縄国際海洋博覧会」は「海 - その望ましい未来」をスローガンに、日本を含む36ヶ国と3つの国際機関が参加する本土復帰記念事業。会期は183日間、「海」をテーマとした世界初の博覧会であった。だが開会当初、すでに周辺海域にサンゴの姿はなく、海中はサンゴの墓場と化していた。
    沖縄の本土復帰後、沖縄本島では海洋博の開催に向け、山間部や沿岸域で大工事が急ピッチで進行していた。この乱開発により一雨ごとに赤土が海へと流入した。コバルトブルーの海とはあまりに不釣り合いな赤い海を指し「海が泣いているよ」と、サンゴ礁を危惧する声も多く聞かれた。沿岸域に生息するサンゴの上に赤土がとめどなく降り注ぎ、やがて呼吸困難に陥ったサンゴは次々と死滅していった。さらに悪いことに、本部から本島中部にかけて多くのサンゴが死滅すると、生き残ったサンゴを求めサンゴの天敵オニヒトデが異常発生した。オニヒトデは毎年一匹で数百万〜1千万個もの卵を産むが、その卵の多くはサンゴが捕食するので、それまでは生態系のバランスが崩れることはなかったのだ。
    沖縄本島のほぼ中央部、恩納村(おんなそん)の海域は本土復帰前からよく撮影に出かけていた。3メートルクラスの見事なテーブルサンゴが重なり合う様は、まるで竜宮城を思わせた。それらがガレ場と化し、僕の足が永らく遠のいてしまった。
    ところが3年前、現地でダイビングガイドを務める友人からサンゴが復活しつつあるという連絡が届いた。半信半疑、実に44年ぶりに恩納村を訪れた。
    陽光が柔らかく降り注ぐサンゴ礁、そこには20〜30センチほどの若いテーブルサンゴがびっしりと海底に広がる再生の姿があった。静謐な景観の中、しばし懐かしい海の息吹に包まれた。あの環境破壊に喘いでいたサンゴたち、よくぞここまで蘇ったと沖縄の海の再生力に胸が熱くなるのだった。

    水中写真家 中村征夫

  • 1970年代初頭のテーブルサンゴ礁
  • 沖縄海洋博のメイン会場 アクアポリス
  • 赤い海
  • 土砂の流入
  • 死滅したテーブルサンゴ礁
  • 窒息するサンゴ
  • サンゴの天敵、オニヒトデ
  • 44年ぶりのサンゴ礁
  • 再生したサンゴ
  • ハマクマノミの子ども